(序)



砂丘を越えたところで上空から強大な風圧を受けた搬送船は、制御を失って失速し頭から墜落した。
一帯は、一見すると砂に覆われて砂漠の一部のように見えるが、カンベエが潜んでいた岩山がそのあたりまで続いており、その上に浅く砂が堆積しているだけであった。
所々に大小の亀裂が走り、その内のいくつかは深く、覗き込んでも、次第に狭まる底部が影になるほどだった。

墜落した搬送船はその亀裂の一つにすっぽりと挟まり、どう噴射しても、そこから抜け出せなかった。
乗員が脱出する間もなく、二隻目の二の丸がその上に墜落し、巨大な船体と岩とに挟まれて、搬送船は大破してしまった。



シチロウジを失った直後のカンベエは茫然自失の状態で、しばらくの間岩山に座り込んでいた。

それから少しずつ風の音が聞こえ、肌を濡らす霧雨を感じることが出来るようになった。
霧雨の細かい水滴が降りて頭や肩を濡らす。
髪や顔に付いた汚れが雫に流され頬を伝う感触に、カンベエは思わず上着の袖で顔を拭った。
拭った袖を見ると、赤黒い物が混じっている。
「血か?」


脱出時の、高層部からの短時間での降下。
墜落とさして変わらない降下の間に耳や鼻から出血したのが変色してこびり付いていたのか。

そういえば、シチロウジをくるんだ自分の上着の背中には、二の丸上で背に負ったときに付いたらしい血糊があった。
しかしシチロウジの蒼白い顔には、自分のような出血の痕は見られず綺麗だった・・・

記憶を辿っている内に、漂っていた意識が現実に戻ってきた。
意識が現実に戻ってくると、考え事が出来るようになった。


まず浮かんだのは、自身のことだった。
これまで自分がしたこと。自分がしなかったこと―――シチロウジに対して。
自分が考えたこと。自分が考えていることを自分に気づかせまいとしたこと―――シチロウジについて。

その一方で、現実の戦さでのこと。ふたりで共に戦さ場に立った期間は長くはなかったが。

空での再会。
戦さの続いた頃の高揚感溢れる顔。たまに地上に降りたときの、鎮まった顔。
時折覗く、自分の知らない間に過ぎたシチロウジだけの時間の名残り。


これまで世界について考えているつもりだった。
しかし、世界とは、目の前に見える物だけ、耳に聞こえる物だけ。肌に感じられる物だけ。
人に切り取ることの出来る世界の、何と限定されることか。
眼前に展開する、知っている限りの情景。


降下の直前、シチロウジに語ろうとした事は、やはり本心だった。
「それを、かつての俺は握りつぶしてしまった、お前のそれと共に・・・・・・」
まるでその場にシチロウジがいて耳を傾けているかのように、カンベエは語り始めた。

「そうまでして守らねばと思った、サムライとしての矜持。そうしてこそ守れると、守るとお前に宣言したに等しい、サムライ・・・」

霧雨より粒の大きい雫を感じて、カンベエは顔を上げた。
天を仰ぎ、砂漠に落ちて初めての小雨を額に受ける。

「そのお前がもう居らぬでは、それを訂正も撤回もすることは叶わぬ。それ故、この先未来永劫、まさにそのサムライであり続けねばならぬ。サムライであることの意味を問い続けねばならぬ。サムライである事を自らの手で終わらせることを、俺は己に許すまい・・・」

カンベエの心は定まった。
動き続けねば。サムライとして。

それ故、カンベエは立ち上がって、一歩を踏み出した。





―――そして、数年が経っていた。

「また来てしまったな」
岩山を越して砂漠が目の前に広がったとき、カンベエは誰に言うともなく口にした。


この数年の間に、砂丘の向こう側に墜落した二の丸の残骸はとっくに片付けられ―――どこかの利に賢い連中が持ち去ったのだ―――爆風で砂が吹き飛ばされて剥き出しになった岩肌も、再び砂に覆われ始めていた。

砂漠を取り巻くように点在していた町々を巡りながら、カンベエは何ヶ月かに一度、ここ、シチロウジの最期の地を訪れていたのだった。たまに遠方の地へ赴くこともあったが、春の朧月の頃と秋の居待ち月の頃には、必ず戻ってきた。

その間に、世界を二分した大戦は終わっていた。

砂漠にどこかの陣営の本丸が墜落して大爆発を起こしたという噂も立ったが、カンベエが立ち寄ったときには、確かに大穴は開いていたがそれらしい残骸などなく、別段汚染されている様子もなかった。
従って、大穴の周りは立ち入り禁止になってはいなかった。

その巨大な穴は「シチロウジの場所」から幾らか砂漠へ踏み込んだところにあったので、カンベエは一度だけ覗きに行ったことがあった。
小惑星に開いていそうなクレーターだ。その時は、単にそう思っただけだった。


次に立ち寄ったとき、そのクレーターの周囲は立ち入り禁止になっていた。

その次に立ち寄ったときには、様々な土木工事用の車両が動き回り、大勢の人夫が作業に駆り出されていた。
砂漠周辺の町々では、大穴を手に入れた商人が新しい町を作るらしいとの噂で持ちきりだった。

カンベエは岩山からその様子を眺め続けた。
訪れる度に、町の建設は進んでいるらしい。遠目に見ても、作業の様子に変化が見られるようになっていた。

「シチロウジ、あそこに本当に町が生まれるらしい」
そう呟いた後、ふとある印象がカンベエの胸にきざした。

「まるでお前が・・・シチロウジという一粒の種がこぼれ落ちて、砂漠に芽を吹いたようではないか・・・」


虹雅渓と名付けられた町は、やがて人々を受け入れ始めた。
商売をしに行く者。見物に行く者。楽しみを求めに行く者。刺激を求めに行く者。行くところがなくて行く者―――



カンベエは、シチロウジの生まれ変わりのように見えるその町へ入る決心が、長い間つかなかった。

(続く)   


(2006.05.21)

<<灯架へ                            次へ>>