合 (四)  (後編)



どうやって降りてきたのか、否、墜ちてきたのか、カンベエには殆ど記憶がなかった。

斬艦刀を操縦できたのは初めのうちだけで、推進力を失ってからはただの鋼鉄の固まりだった。
空中にまき散らされた大小の破片と同様に、十数空里の高度から惑星の表面に向かってひたすら落下を続け、いともあっさりと地面に激突―――は、しなかったらしい。

仰向けに横たわっているのは確かだ。起きあがるために、まずゆっくりと体を横向きにする、というより、ゆっくりとしか動かせなかった。

筋肉を少しずつ緊張させ、関節を少しずつねじっていくにつれて、体中が悲鳴を上げた。
視界は暗い。満月が沈んでしまったのか(夜明けにはまだ間がある)、雲に隠れているのか、それとも―――
一番あり得ることだが、墜落の衝撃で失明したのか。
思わず顔に手をやる。頭もぐるりとひと撫でして、撫でた手の無事も併せて確認する。

半分体をねじったところで、シチロウジの名前が口から零れた。
返事を期待しているわけではない。近くにいるという確信すらないのだから。

体の動きにつれて、その下でズリッズリッと音がしているのに気づいた。
砂・・・・・・砂漠・・・・・・砂漠地帯に墜ちたのか。心づもりよりも南西へ流されたようだ。
北東にそれて氷海に墜ちるよりは良いでしょう、と声が聞こえたような気がした。

シチロウジ。捜さねば。意識がはっきりした。

漸くのことで体を起こし終わったところに、西に傾きかけた満月が雲間から顔を出したが、うっすらと色づいて、あたりを照らす光は弱い―――視野が定まっていないのかも知れないが、目は見えているようだ。

周りを見回すという簡単な動作さえ、ひどく大儀だ。
両手で体を支えて初めて、震えているのに気が付いた。どこか傷を負っているのか、砂漠の夜の冷え込みのせいか。
では尚更、急がねば。

少し離れたところに黒い固まりが見える。それが人の体なのかどうかハッキリしない。
両手で体を引きずるようにしてにじり寄ってみると・・・思わずカンベエは、その影に倒れ込むように顔を埋めた。

「シチロウジ・・・・・・シチロウジ・・・・・・」
打撲のせいなのか、感情のせいなのか、呼吸が苦しい。かすれた声しか出なかった。

触れた頬は冷たくなっていた。
ねじれて半分うつぶせになっていた体を仰向けにして胸に手を当てると、僅かだが上下している。
濡れていた袖の部分は生乾き程度の湿り具合だった。思ったより傷は浅かったようだ。
思わず溜め息が漏れた。

カンベエは、自分の上着を脱ぐと抱き起こしたシチロウジにまとわせてやり、その場に胡座をかいてシチロウジの冷えた体を抱え込んだ。

首を巡らすことが出来る範囲で周囲を眺めてみる。
ぼんやりとした月の光で見る限りでは、更に先の方に小山があるらしい。

シチロウジの体を抱きかかえている内に、ふと記憶が甦った。

斬艦刀の上で、やはりこうしてシチロウジを抱き上げたような――――――いや、まさか。
地面に激突する前にそうやって脱出できたら良いのだがと考えた覚えは、確かにある。が・・・・・・・・
しかし、二人とも、少なくともこうしてバラバラにならずに済んでいる。
可笑しい事は何もないのに、カンベエは秘かに笑い声を漏らした。

砂漠の冷気のせいか、背中や肩に力が入り、シチロウジの体を抱く両腕のふるえがひどくなってきた。
間もなく夜明けだ。このまま待つしかあるまい。
幸い、周囲に悪意のある気配は感じられない―――気配そのものが、全くない。
とすれば、アレは小山と言うより、大岩かも知れぬ・・・・・・などと取り止めもないことが脳裏を横切る内に、カンベエは眠りに落ちた。



しばらく眠りと覚醒の間を行き来していたが、カンベエは背中に暖かいものを感じてついに目を覚ました。
いくらか高くなった太陽が、背後から照らしていたのだ。ああ、地上は春だったと改めて思った。この砂漠地帯にはっきりした四季があるかどうかは知らないが。

シチロウジの顔を覗き込む。蒼白いが落ち着いた表情をしている。安心しきって眠っているかのようだ。体の暖かみも戻っている。
「シチロウジ・・・」
耳元でそっと呼びかける。が、反応はない。もう一度呼びかけるが、やはり反応はない。軽く揺すってみる。
カンベエの中で不安が頭をもたげた。見たところ、状態には全く問題はない。何故だ。

手がかりが欲しくてカンベエは我知らず顔を上げ、一晩目の前にあった小山の正体に気づいて、小さく驚きの声を上げた。
「輸送船・・・・・・? 北軍か」
体を低くし、隠れる場所を探そうとして思い直した。
誰かおれば気配を感じたはずだし、向こうもおそらく斬艦刀の墜落に気づいて、何らかの行動を取っていたはずだ。
さっと見回した限りでは、近くに落ちてはいないようだが。

そっとシチロウジを横たえてから念のため周りを見回した後、輸送船らしき物を検分することにした。
立ち上がる―――ずっと前屈みになっていた疲れはあったが、夜半に意識を回復したときよりは、遥かに自由に動くことが出来た。

何気なく左の腰のあたりに手をやり、刀がないことに気づく。
周囲を見回すが、落ちてはいない。
昨日からのことを思い返してみた。

二の丸の内部で存分に刀を振るって、シチロウジと落ち合うために甲板に戻った。あの時は相当に刃こぼれしていたが、まだ手の中にあった。
それからあの、予定より早い爆発が起こった。
甲板を転がっていくシチロウジを追いかけて走り出して以降、刀についての記憶が全くない。
斬艦刀を始動させたのは槍だし、コックピットに掴まるとき刀がどこかに当たったという覚えもない・・・・・・
シマダカンベエ、すっかり恐慌をきたしていたらしい。らしくもない。
改めてシチロウジの方を見遣る。

それから、おもむろに歩き始めた。



意外なことに、あっさり中に入ることが出来た。
それ程大きくない船は、確かに無人だった。大あわてで逃げ出したというところか。
機関は完全に停止して、船底を砂に埋めていくらかかしいでいる。

それはただの輸送船ではなかった。
船内は三層に区切られ、その最下層の数部屋には、しつらえられた棚一杯に救急救命装置、通称冬眠箱、が並べられていた。
他の部屋には医療用具と思われる荷物も置かれ、小さいが処置室もあった。
傷病者を収容して病院船まで運搬する間に応急処置を施せるようになっている医療用搬送船だったのだ。

今回の戦闘に巻き込まれて不時着していたのか。
船体そのものは大して被害を受けておらず、半数ほどの冬眠箱には収容されている兵士の顔が小窓越しに見えたから、北軍がおそらく、遠からず回収にやってくるに違いない。

カンベエは、自分の思いつきを振り払おうとした。
しかし、否定すればするほど、それ以外に取るべき道は無いようにみえる。

このまま砂漠で何をしてやれるだろう。
窓の外に、自分たちがいたのとは反対側に、本物の小山が見えた。灌木がちらほら生えただけの岩山だ。

試しに空の冬眠箱をいじってみる。
自軍で使用していた物とは仕様がいくらか異なっているが、基本は同じだ。しかも、性能はこちらが「上等」そうだ。
呼んでも揺すっても反応しないシチロウジの顔を思い浮かべる。
一見穏やかな陶器のような顔つきは、実は瀕死の状態なのではないか、失血しているかも知れない・・・・・・

やはり、他に取るべき道はない。
カンベエは決心した。



箱の内側の様々な接点をシチロウジの体の各所に繋いだとき、左腕の傷が深いことを改めて知った。
最低限の生命維持に必要な作業は、この箱がやってくれる。
体温を下げて体の機能をギリギリまで低下させ、傷病の進行を遅らせながら、尚かつ栄養補給とある種の薬剤投与を行うのだと聞いている。

最前線にいて、常に生きるか死ぬかだった。ひとはそれを過酷な現実だと呼び、自分もそれ以外を我が身に想い描いたことはなかった。
しかし、箱の中でこのような姿でいる方が、余程過酷な現実のようにも思える。

最終設定を終わって上着を掛けてやると、カンベエはシチロウジの頬に触れた。
一昨晩は、この手を引き留める手と視線があった。
あの時、何故言葉が出てこなかったのか・・・・・・

唇をそっとシチロウジの額に落とし、滲みかけた視界を振り払うように箱をロックした。
冬眠箱は動作を開始した合図に緑色の小さい灯りを点灯し、その横のタイムカウンタを回し始めた。

カンベエは、シチロウジを入れた冬眠箱を、さりげなく他の箱の列に紛れ込ませた。
そんな事をするまでもないとは分かっているが、処置の順番が来たとき、何の疑いも持たれないようにというおまじないのつもりだった。
東軍の軍服を着てか。自嘲の笑みが自然に零れる。全く、らしくもない。

部外者の侵入の痕跡が残らないように後始末をつけて部屋を出るとき、一度だけ振り返った。
「生きて再び相まみえん――――――忘れるまいぞ、一攻の誓い」





岩山に登り、体を隠しつつも見張りに都合の良い場所を見つけ、文字通り寝ずの番を始めてから丸二日が経った。
その後の二日間は、さすがにうつらうつらすることが多くなった。

そうしている間にも、砂漠には雨ならぬ物がしばしば降ってきた。
艦船の一部らしい大型のモノから戦闘機や救命ボートの翼、極微細な破片、明らかに紅蜘蛛型や雷電型の体の一部と分かるものまで・・・

おそらくこの地帯の上空には、偏向する強い風の流れがあるのだろう。
それが自分たちや搬送船をも、此処へ運んだのではあるまいか。
戦況は今頃、何処まで進んでいるのだろう・・・・・・

五日目の朝になって、漸く「迎え」が到着した。

連絡艇より二回りほど大きい飛行艇から十人程の軍服姿の男達が降り立ち、半数は中へ、後の半数は搬送船の周囲の点検を始めた。
あの中に医療関係者は含まれているのだろうか。
カンベエは岩山の影から、一部始終を見守っていた。

出たり入ったりを繰り返して、漸く午後遅くになって出発準備が整ったようだ。
搬送船は、掻き分けてあった船底の周りの砂を吹き飛ばしながら、フラフラと浮き上がった。
中々高度が上がらず、船の姿勢も安定しない。
低空、低速のまま、搬送船はふらつきながら、カンベエから次第に離れていった。

飛行艇がとっくに飛び去った後、漸く搬送船が高度を増したと見えたとき、遥か上空から複数の轟音が響いてきた。
五臓六腑を揺さぶってかき回してしまいそうな、胸を押しつぶしてしまいそうな・・・・・・機関音。
見て確認するまでもない。北軍の二の丸だ! 
それが、何故こんな超低空を? しかも煙を上げているのが見える。 
我が軍には、北軍に被害を与えられる戦力は、もう残っていないはずだが。

カンベエと搬送船の頭上僅か数空里の高度を、二隻の二の丸が搬送船の軌跡を追うように掠めていった。

さすがに巡航速度ではないとはいえ、二の丸の巨大さに比べれば一片の花びらにも等しい搬送船は、上空からの風圧をまともに受け、頭を下にして砂丘の向こうに沈んでいった。

カンベエは思わずうなり声を上げた。

二の丸の一隻は北の方角へ飛び去ったが、数カ所から炎や煙が上がっていた。
もう一隻は更に被害を受けており、あろう事か、搬送船が沈んだあたりに墜ちていった。

「・・・・・・!」
岩山を駆け下りて砂漠へ飛び出したカンベエの眼前で黒煙と火柱が上がり、足許が地震のように揺れた。
体を伏せたカンベエの上を爆風に飛ばされた砂が駆け抜けていき、岩山をも上って、斜面に生えていた灌木をなぎ倒した。

カンベエは素早く体を起こすと、完全には収まっていない砂嵐の中を駆けて、砂丘の頂きに達した。

砂漠に斜めに突っ込んで傾いた二の丸は、大破こそはしていなかったが、そこここから黒煙が上がり、小規模な爆発が繰り返し起きていた。熱気と爆風で近づくことが出来ない。
既に脱出を終えていたのか、見渡せる限りでは人影はなかった。



日が傾きかけた頃、ようやくくすぶり続ける二の丸の周囲を回ることが出来た。
しかし、二の丸に押しつぶされてしまったのか、搬送船は影も形もなかった。

言葉では表現できない重く強烈な感情が内奥から湧き上がり、この数日カンベエを支えていたものを突き崩した。
そして、その感情があたかも体腔を満たした後溢れるように、慟哭とも咆哮ともつかない呻りが、その口からほとばしり出た。



日が沈み、やがて十六夜の月が天に懸かる頃まで、カンベエはそうやって呻り続けていた。
とうに声も出てきはしなかったのだが・・・・・・・・・

(終)   


(2006.05.18)

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