(四)  (前編)



カンベエと共に戦さ場にあって、シチロウジにとっては不思議としか言いようのない瞬間が何度もあった。

例えば、斬艦刀の上に立って前方に視線を凝らしているカンベエに、コックピットの中から何か合図を送ろうと思ったとき、カンベエに視線を向けると必ずこちらを見ていることだ。
それが予定外の思いつきを伝えようとするときでも、だ。
ヘッドギアのコムを通じて音声で注意を喚起したことは、だから、ほとんどなかった。

そして、今がまさに、その不思議な瞬間だった。

最後の最後に敵主力艦の懐に飛び込もうと全速で中央突破を試みているとき、敵の前衛の左下方に僅かな守りの隙間が見えた。戦艦と戦艦との間に偶然に出来たに違いない死角。
あそこをくぐっていけば、敵陣中央にたどり着く前に受けるであろう痛手をかなり軽減することが可能だ。

しかしそれには、斬艦刀を大きく旋回させねばならないから、カンベエを落としてしまう。それ故、カンベエには「落ちて」もらわねばならない。
それを伝えようと、斬艦刀の速度に合わせて前傾姿勢をとっているカンベエの方を見た。そして、やはり今度も、カンベエはこちらを見ていたのだ。
(あの位置から、死角が見えたとはとても思えないが)

シチロウジはまず肩を小さく右に、次いですっと左に傾けて見せた。旋回のタイミングを知らせたのだ。
カンベエは頷いて斬艦刀の上を駆けだし、ぴったりのタイミングで前方に飛び出した。
シチロウジはその蹴り出しに反動を与えるため斬艦刀を一旦右に傾け、それから、カンベエの描く放物線の行き着く先を確認しながら、左に大きく旋回して降下していった。

降下していきながら、シチロウジの脳裏に前日からの出来事がよぎった。


不思議な感覚に襲われるのは、カンベエも同じだった。

足許の斬艦刀がそれまでとは微妙に違う感触を伝えてくる。
方向や速さが変わったわけではなく、足の裏から伝わってくる動力系の振動も、刀の傾きも一定だ。
しかし、何かが違う。それでコックピットの方に目をやると、シチロウジがこちらを見るのだ。
その上、「何かを」伝えたがっているだけでなく、「何を」伝えようとしているのかが理解できるから、そのまま合図を待って行動に移すだけだ。
ヘッドギアのコムを通じて音声で確認を求めたことは、だから、ほとんどなかった。

偶然自分も同じ事を考えていたのだろうと思っていたが、その事がそもそも不思議ではないか、。

そして今まさに集中砲火を浴びようというとき、「飛び降りろ」と合図されて飛び出してみれば、その軌跡の先には自分の求めていた「道」が開けていた。

この広い空間の中で、生身の人間の体一つは芥子粒のように極めて小さい。落下していくその芥子粒をねらい撃ちにすることは、ここまで進んだ大型相手の重装備ではほぼ不可能だ。
だから自分は、このまま落下していってあの死角をくぐり抜け、左から右へと旋回してくるシチロウジに再び拾われれば良いだけのことだ。
シチロウジの見事な読みに、落下しながら、カンベエの口元に笑みが浮かんだ。

落ちていきながら、カンベエの脳裏にも、前日からの出来事がよぎった。





とっくに夕食時を過ぎた頃、カンベエとシチロウジは格納庫に戻ってきた。

ほぼ毎日続いていた北軍との戦闘が、双方が同時に一時兵を退いたため、数日前から中断していた。
次に戦闘が開始されれば、いよいよ最終的なものになるだろう事は必至だ。
緊張感を漂わせたままでほとんどの戦闘要員がここぞと休養を取っている中、二人は相変わらずの実験をしに出かけていたのだった。無論、戦場付近を斬艦刀でうろつくのは、非常な危険が伴うのは承知の上で。

点検用の台座に斬艦刀を固定してしまえば、、カンベエの仕事は終わったも同然だ。
コックピットに上半身を突っ込んだ格好のシチロウジが時折手を出すので、その時々の道具を手渡してやっていればよい。まずは電圧計。次は自在スパナ。エアー。接点復活剤。もう一回スパナ、今度はゲージの小さい奴・・・
時には「合図したら接続して下さい、素手では駄目ですよ」と手伝わされることもあるが、今夜は良いらしい。

ふと顔を上げると、渡したばかりの水準器を手に、シチロウジも顔を出してこちらを見ていた。
「どうした。違ったか」
「どれが要るか判るってことは、私が何やってるか解ってるって事でしょう。少しは交代して手伝おうとは思いませんか」
「壊しても構わんか」
「・・・・・・(嘆息)・・・・・・大体あんな事やろうと言い出さなければ、無傷で帰投して、今頃は晩飯終わってますよ。もう腹減って動けません」
シチロウジは向きを変えてカンベエの隣に腰を下ろすと、がっくりとうなだれてみせる。
「空腹や眠気に襲われると、赤ん坊は人格が変わったかと思うほど機嫌が悪くなると、いつだったか所帯持ちに聞いたことがあったな」
「他人事ではないですよ。仮にも私の保護者でしょう」
「卒業すれば、それも終わりだ」
「・・・今ここで警報が鳴ったら、自分で直して出撃してもらいますからね」

二人がやり取りしている間にも、格納庫には人の出入りがあった。
「あ、シチさん。お帰りなさい。パーツ補給部の納品担当がカンカンでしたよ。早くいらした方が・・・」
「あ、ありがと。後で顔出すよ」
「よう、シチ。今夜は囲む会のお茶会だぞ。遅れるなよ。そんな奴、放り出してこい」
「はい。ありがとうございます。後で」
皆、次々に声を掛けていく。

「こんな時だからこそ、お茶会するのは大いに結構だが・・・毎回よく話すことがあるな」
シチロウジはそれには答えず、カンベエの方をチラッと見て
「そうだ、今夜のお茶会は中央の喫茶室ですよ。あそこのサンドイッチは美味いから、晩飯食べ損なった代わりに奢って下さい」
「何故俺が、お前のお茶会に出ねばならんのだ」
「たまには囲んで下さっても良いじゃないですか」

更に茶化そうとカンベエがシチロウジの方を見ると、思いの外真面目な表情でこちらを見ていた。
ふと胸を突かれる思いがして、カンベエは咳払いを一つすると、予定とは違うことを口にした。

「・・・後で俺の部屋に来い。何か用意しておこう」
「・・・・・・」
「考えてみれば、ここしばらくゆっくり話をする機会がなかったと思ってな」
「・・・はい。では、後で」
勢いよく立ち上がると、斬艦刀の整備に戻っていった。
晴れ晴れした表情で言葉を返してくる様子に、カンベエも思わず笑みをもらす。

昔、村でたまに顔を合わせたとき、最近の様にくつろいで言葉を交わしたことが何度あっただろうか。

カンベエは意識していなかったが、ヒラザから、最近よく話すようになったと言われていた。
言いたい時に言いたい事を言いたいだけ言ってきたから、カンベエは自分が口数が少ない方だと思ったことは無かった。
しかし、言われてみれば、シチロウジと話しているときは互いに言葉が次々に出てきて、周囲が驚いたり笑ったりしていることが増えたかも知れない。
―――どういう事か自分では説明がつかないのだが。

副官を「解任され」た後のシチロウジの変身ぶりは、部隊の誰をも驚かせた。
柔らかな笑みをたたえて落ち着いた物腰の、しかし視線鋭く隙のない副官殿は、跡形もなく姿を消してしまった。
後に残ったのは、年齢相応に元気で、仲間と冗談を言ってはコロコロとよく笑い、誠実でしょっちゅうもらい泣きする若者だった。
しかし、折に触れて、特に戦さ場に出て行けば、副官時代の特徴が顔を出すから、カンベエはこちらがよりシチロウジの本質に近いだろうと考えていた。
部隊の連中にとってはどちらのシチロウジも魅力的らしく、囲む会は相変わらず盛況だった。



その夜、お茶会が済んで、シチロウジは第一中隊長の部屋を訪れた。
「失礼します」と挨拶しながら入ってきたのに答えて、窓際に立っていたカンベエが頷く。

「あ、おにぎりだ」
テーブルの上に置かれた器の被いをちょっとめくって、シチロウジは嬉しそうな声を上げた。
「何か用意しておくと言ったのでな。食堂で握ってもらってきた。しかし、考えてみれば、喫茶室で食って来ただろうから―――
「実は・・・多分用意して下さってると思って、殆ど食べて来なかったんですよ。ところで何人前?」
「・・・お前の分だけ・・・だ」
「そうだと思って、はい、お土産です―――晩飯、まだでしょう?」
二皿になったおにぎりを見ながら、何故こんな風に話が展開するのだろうと思い、二人は顔を見合わせた。

いつものように心臓を鷲づかみにされる様な気持ちに襲われたシチロウジは、表情を隠すため下を向いて椅子を引き、「ぺこぺこですよ。お先に。頂きます」と言って添えてあったお手拭きを使い、掌を合わせてからさっさと一口頬張った。

その仕草に引き寄せられるように、カンベエも窓から離れてテーブルの側に移動した。
食べる動きに合わせて、高い位置で結んだ金色の絹糸の様な髪が揺れている。
いつから髪を伸ばしていたのだったか・・・・・・・・
「お前、幾つになった?」
とシチロウジと角を挟んだ席に腰を下ろしながら、カンベエが尋ねる。

慌てて丸呑みにしたが、シチロウジは直ぐには答えず、暫く天井を見やってから
「カンベエ様は幾つですか」と聞き返した。
「聞いているのは俺の方だぞ」
「覚えてますか、私がシモツキ村に来た日のこと」
「少しはな」
「子供の肌着を後生大事に持ち歩いてて・・・」
「・・・・・・ああ、あれか。お前のだったのか」
「さあ、記憶はあの時既に曖昧で。でも、カンベエ様が、縫い取りの模様が数字だとすると、自分の年齢からちょうど十引けば良いから、計算が簡単だと」
「そうだったかな。その辺のことは覚えていないな」
「暫くして、今みたいに、お前幾つだと尋ねられたんですよ。それで・・・・・・」
「ということは・・・二十五か」
「ご名算。暦が秋になって、村に着いた日になれば、ですけど」
シチロウジの空色の瞳を見つめて、今は暦の上では春だったと思い出したカンベエは、幾度となく目の前に現れた桜匂う景色を想い描いた。
気が付けば、片手でシチロウジの頬に触れていた。
シチロウジは、大きく見開いた瞳でじっと見返してくる。
「・・・すまん・・・・・・子供の頃のお前を思い出したのでな」
慌てて手を引いたが、それをシチロウジが捕らえて
「子供の私は・・・どうでした」と問いかける。

二年前、目の前のこの若者に、命を救われた。子供の時に、置き去り同然にしたのに―――シチロウジはそう思っているに違いない。しかもその、村での子供時代すらも、実を言えば自分は殆ど何も知らないのだ。

カンベエが知っていると言えるのは、シチロウジが副官として赴任して来て以後の、このおよそ三年間のこと。
空中戦は無論のこと前線に出たことは無かったと言っていたが、経歴が経歴だけに、全く実戦の経験が無いわけではないのだろう、司令官となったヒラザの抜けた穴を埋めて、いつの間にか一攻の隊員に収まっていた。

「 一人前の大人になって、カンベエ様に認められたい」
村でそう言われたときは、子供らしく背伸びをしているのだと思っていた。
「 戦さ場では、常にカンベエ様と共に在りたい」
一攻の隊員として受け入れられたときに、もう一つ誓いを立てていたのだと囁かれ、正直いって面映ゆかった―――どちらの場合も、シチロウジには苦い顔をして見せただけだったが。

そして今、斬艦刀を自在に操り、中隊の先頭を駆けて敵陣に切り込んでいくその横顔を眺めながら、共に戦さ場に在ることを願っているのは、実は自分の方ではなかったか。

それに思い至って、カンベエはじっとしていられなくなった。
立ち上がると、テーブルと窓の間を行き来したり、テーブルを指先で叩いたりしながら、探すようにして言葉を紡いだ。

「お前に話したいことがあるのだが――――――何をどう言えば良いのか、まだよく分からんのだ」
「・・・・・・・・」
「子供のお前のことではなく・・・いや、あの時のこと、それから・・・今のお前のこと・・・俺自身のこと・・・」
シチロウジも立ち上がるとゆっくりとカンベエに近づき、遠慮がちにその背に両腕を回して、額を肩に当てた。

「・・・今少し、待ってくれぬか。言うべき言葉が見つかるまで。」
「なぜ、今では駄目なのです。言葉を見つけてどうされます」
額をカンベエの肩に押しつけたまま、囁くように問う。
「まだ自分がよく分からんのだ・・・今立っている位置が分からねば、何処へも動いて行けまい」
答えながら、シチロウジの背中にそっと手を添える。

「・・・いかにも、カンベエ様らしい答えだ」
シチロウジは最後に両手に力を込めた後、体を離して、笑みを作って見せた。

「さて、明日に備えて、腹ごしらえしましょう―――飢えを抱えていては・・・眠れません」
言いながら背を向けて椅子に座り直したが、その笑みが直ぐに崩れ、例のキッと引き結んだ口元になったのを、カンベエは見逃さなかった。

まっすぐにこちらに向けられるシチロウジの空色の瞳を、何故自分は見つめ返すことが出来ないのだろう。
その理由が分からない内は、動くことはかなわないのだ。

(続く)   


(2006.05.09)

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