合 (三) (後編)
船尾に向かう途中から尾けられているのにシチロウジは気づいていたが、自分の行動の邪魔にならない間はと放っておいた。
(今回はカンベエ様か―――お二人が参戦することになってから、思い通りの行動が取りにくくなってしまった)
二人に気づかれた自分の未熟さを嘲笑って、口の端が僅かに上がった。
食堂での騒ぎの後も、変わらずシチロウジはモリハタに付きまとっていた。シフト勤務中は持ち場を通りかかったふりをしてちょいと挨拶を送り、オフの時は側に置いて離さなかった。
(これだけ行動を制限されれば相当なプレッシャーだろうに、あいつはよく持ちこたえている。現場を押さえれば後は崩すのは簡単だと思ったのだが・・・・・・僅かな一人の時間に連絡を取っているのかはまだ判らないが、予想通り、誰かが動き始めている。急がねばならないが、やっとここまで辿ってこれたのだ。慎重に、慎重に)
今度は司令官の顔を思い浮かべて、その日の朝のブリーフィングで念を押されたことを復唱しているのに気づき、また自嘲の笑みを漏らした。
(さて、この辺でお別れですよ、カンベエ様。先回りをしないといけないのでね)
挨拶代わりにチラッと後方に視線を向けると、シチロウジは姿を消した。
カンベエは、相手が気づいているのは知っていたが、隙をつかれたつもりも無いのに見失ったことで、虚を突かれた思いだった。シチロウジを見失ったあたりを探ってみるが、通常の扉やシャフトしかない。
(シチロウジ。お前・・・何をやっていたんだ、卒業以来・・・・・・)
カンベエは、思いがけない内幕ものを見せられた様な気がした。
自分とは関係のないところでシチロウジの世界は回っていたのだ。
数日後再び騒ぎが、今度は旗艦後部の談話室で起こった。
モリハタが属している機関部の副主任の一人が「たまたま近くを通りかかった」カンベエとヒラザを見つけ、何とかして下さいと助けを求めてきた。
二人が中にはいると、狭くはない室内の壁際に沿って野次馬が円を描いていて、大きく開けられた空間の中央にひどく取り乱した様子のモリハタと、彼に向かって片手を伸ばしているシチロウジとが立っていた。
「もうホントに、お願いですから、どうか私に構わないで下さい・・・」
「可哀相に、そんなになるまで追いつめられていたのか。そろそろ私に心を開いてくれてもいい頃だね」
シチロウジの声は、対照的に穏やかだった。
「そ、そんなに仰るなら・・・そんなに私のことを考えて下さるなら・・・わ、私を、ほ、抱擁出来ますか」
最後の部分を絞り出すように言うと、今にも泣きそうな顔になった。
おそらく誰かの入れ知恵に因るのだろう若い兵士の踏ん張りに感心しながらも、シチロウジは、さて、もうひと押しだなと考えていた。
にっこり微笑むと「そんなもので私の誠意が伝わるなら」と、もう片方の手も伸ばしてモリハタの体を抱き寄せた。
(危険は覚悟の上だ)
固唾をのんで見守っていた野次馬から、驚きの声や溜め息が漏れた。
シチロウジは腕の中の、驚愕のあまり固まってしまった頭一つ低い相手の顔を覗き込み
「私がそんなことは出来ないと言えば、もう二度と近寄るなと言えたのだろうが・・・生憎、この通り、私は本気だ。
何があっても必ずお前は私が守ると言ったはず。今度こそ信じて貰えるかな」
あたりは水を打ったように静まりかえった。
いつもの突き放した視線ではなく、誠実さの溢れる優しい視線を投げかけたのが野次馬の輪の中にいたカンベエ達にも見えた。
どうやら自白にもっていけそうだなと二人が考えたとき、室内に殺気が忍び込んできた。と同時に、周囲を見回したモリハタの表情が変わった。
最初に動いたのはシチロウジだった。
腕の中のモリハタをいきなり引き倒すと、そのまま床を近くの長椅子の陰に転がし、その反動で自分も身を低くして移動しながら、殺気の主めがけて何かを投げつけた。
その時には既に、カンベエとヒラザが逃げる人影を追って、それぞれ護身用の小刀を構えて談話室の中を駆け抜けていた。
シチロウジとモリハタを掠めて飛んだ小片が、危うく壁際の野次馬に当たるところだった。
三人の動きに緊急事態発生を知った談話室は大混乱に陥った。
直ちに部隊全体に警報が流され、同時に周囲の艦船も緊急配備に着いた。
『アカイ、シマダ。こちらはオオガヤだ。監視用モニタに状況を映す。警備隊の指揮を頼む』
『承知』
緊急用通信で送られてきた司令官の音声に応じて、二人は通路の途中で追跡を止めた。二人より遅れて談話室を出たはずのシチロウジの姿は何処にも見えない。
壁に掛かったモニタの一つに幹部用のキーコードを入力すると、旗艦の見取り図とその中を移動する二つの光点が映し出された。時折監視カメラの映像もサブフレームに出されるが、切り替えが遅いのか人物の動きが速いのか、滅多に人影は映っていなかった。
「シチロウジが投げたのは、発信器だったのか。後部を下層に向かっているな。このままだと機関部まで行ってしまうぞ」
「一攻のシマダだ。第三層および第四層警備主任、聞こえるか」
カンベエがモニタ横のマイクに向かった。
「六番シャフトから真下へ。第五層と合流、待機。機関部を守れ。他の班は十番から十五番シャフトの近いところを使って降下。機関部入り口手前の袋小路に追い込む。上層階の班は、現状維持」
「しかし、シチロウジの奴、赴任して一年にも成らぬのに、細かいところをよく知っているな。見ろよカンベエ。後ろを付いて行くのではなく、点検用のシャフトやスライド、張り出しまで使って先回りして、警備隊の方に誘導しようとしている」
カンベエも別々の軌跡を辿る光点を目で追いながら、賞賛の念を禁じ得なかった。
「ひょっとしたら、この為に此処に来たのかも知れぬ」
ヒラザは驚いた顔でカンベエを見たが、やがて得心したように「成る程な」と呟いた。
やがて二つの光点が、機関部への入り口の少し手前で止まった。警備隊を示す標識もその周りに集まって来た。
カメラの映像がメインフレームに現れた。
『此処が終点だ。大人しく逮捕された方がお主の為だと思うが』
モニタ越しに少し割れたシチロウジの声が聞こえた。疲労困憊の相手に比べ、カメラに背を向けたその声にはまだまだ追跡の余力があるぞと言わんばかりの響きがあった。
『・・・何で俺を追いかけて・・・来るんだ。何も・・・・・・何も俺は知らんぞ』
汗まみれになって座り込み、肩で息をしながらシラを切った顔は、談話室の外でカンベエ達に助けを求めた機関部副主任のものだった。
『東方(ひがしがた)高層方面部隊に対する破壊工作の容疑は既に固まっている』
『そんなことは知らん・・・・・・何の根拠があって――――――あんた・・・あんたこそ・・・そうだ、あんたこそ怪しいじゃないか。その髪、その目・・・あんたこそ北軍の人間じゃあないのか!無実の罪を着せて俺を犯人に仕立てようったって・・・そうは問屋が・・・・・・』
勢いづいてまくし立て始め、立ち上がりながら指を突きつけてきた。袖口に目をやったシチロウジは、すっと一旦体を交わしてから、容疑者の手首から小さい金属片をたたき落とした。
『続きは聴取室で聞こう』
それだけ言うと、シチロウジは画面の外に合図をし、それから振り向いてカメラを見て、モニタ越しに見ているはずのカンベエ達に頷いてみせた。
その空色の瞳は揺るぎないものだった。
そしてそれが、カンベエの中の何かを突き動かした。
「皆さんのご協力に、改めて感謝します」
司令官室に集まった幹部を前にして、本部から到着した検察官が言った。
「大事に至る前に検挙できて何よりでした」
「調査結果の報告は頂けるのでしょうね」
ヒラザが、司令官でもないのに越権行為だと思いつつ、尋ねた。
「なにぶん、機密に関わる部分もありますのでね・・・しかし、今後の戦闘に関係する面もあるでしょうから、出来る範囲でお知らせしましょう」
「本部から連絡が入っております」
部屋を出ようとした検察官に、その補佐官が伝言を手渡した。
一瞥した検察官はおもむろに司令官の方を見、それを手渡しながら言った。
「閣下。予定より早いですが、お戻り頂きたいそうです、副官も一緒に」
「どういう事だ」珍しく険を含んだ声で言いながら、司令官は伝言を受け取った。
「正式な辞令は後程送付されますが、後任の人事を済ませたら可及的速やかにと、本部が」
一同に聞かせるように、検察官が言った。その口調から、その「本部」が通常の作戦本部ではないのは明らかだった。
司令官はシチロウジの方をチラッと見たが
「本部の意向とあらば、致し方あるまい。早速後任を選ばねばならないな」
とヒラザやカンベエの方に向き直った。
「部隊の全指揮権を、第一中隊長アカイヒラザ、お主に委ねる」
「司令官! 私がお願いしたことは・・・」
「お主が適任だ。儂の見立てを信用してもらうしかあるまい」
更に抗議をしようとしたが、ヒラザは敬礼するしかなかった。
「後任の第一中隊長は、お主だ、シマダ」
「は。喜んで」
「副官その他の人選は、アカイ、部隊の中で自由に行ってくれ」
「承知しました」(一攻隊長はカンベエが兼任で構わぬが、シチロウジは連れて行くということか)
ヒラザは、何か手の打ちようはないかと思案した。折角自分が後任の司令官に任命されたのだから。
「ご覧の通りだ。本部には、至急辞令を送るよう伝えてくれ。如何様な空白も作りたくないのでな。さすれば、引き継ぎが済み次第戻ると」
「承知しました。では、護送船の準備が出来たようなので、私はこれで」
「うむ。ご苦労だった。後は宜しく頼む」
全員が引き上げ、司令官室には部屋の主と副官が残された。
シチロウジの顔は断固拒否を示していたが
「いずれにしても、北軍との戦端が開かれる前に、我々は此処から立ち去る予定だったのです」
絞り出すように言うと、それきり黙り込んでしまった。司令官も、何も言わなかった。
そしていよいよ、立ち去る時が来た。
「さて、これでお別れだな」
「司令官、いろいろと有難うございました」
「もう儂は司令官ではない」
柔らかい笑みを浮かべると老元司令官は
「これからは北軍との厳しい戦さが待っている。諸君の武運を祈る」
と言って新司令官のヒラザと握手した。
一年前に着任したときのように、旗艦の着艦場には見送りの隊員達が整列していた。
破壊工作事件の概略は全員に説明されていたが、司令官や副官の関わりなどは伏せられていたから、老司令官の退役に伴って二人が異動するのだと、大概の隊員は思っていた。
若い者達は、これで副官殿を囲む会もお仕舞いだなと残念がっていた。
元司令官は一通りの挨拶を終えると、乗ってきたときのまま置いてあった連絡艇に向かった。その後にシチロウジが付き従う。何もかも一年前と同じだった。
しかし、カンベエの心持ちは一年前とは異なっていた。戻って来いともまして行くなとも言えないこの状況で、言うべき言葉を探していた。
第一中隊は、新司令官の命によって、歓送の儀仗礼を行うため旗艦の外で待機していた。一攻がそのまま連絡艇を護衛して、中間高度にある中継基地へ送り届ける手筈になっていた。中継基地の高度までなら、生身で一気に降下しても、体への影響はサムライならば軽微であったのだ。
連絡艇が旗艦を離れて外に出てきた。開けた空間に浮かんだ機体はあまりに小さく、向きを変えるために一時的な微速飛行で揺れているさまが、構造上出来ないはずのホバリングをして部隊に別れを告げているように見えた。
操縦桿を握るシチロウジの表情を思い浮かべると、カンベエはキッと唇を引き結び、中隊に合図を送って隊列を前進させた。
中継基地に一時停止した連絡艇の周囲を、基地の警備隊と共に一攻の隊員が警戒している間、カンベエは最後の別れの挨拶をするため、連絡艇に乗り込んだ。
「部隊は若い者が多い。これからの苦労は計り知れない。司令官を助けてなんとか乗り切って欲しい」
「この一年、本当にありがとうございました」
カンベエはまず、元司令官と堅く握手を交わした。それから、視線を床に落としたままのシチロウジの方を見た。
「シチロウジ――――――初めて会ったときも俯いたままだったな」
ハッとして顔を上げたシチロウジに、カンベエは手を差し出した。
「お前の命を危険にさらしてしまった。何と言って感謝すれば良いのか」
「・・・・・・あなた方がご無事で良かった」
潤んだ空色の瞳でカンベエを見つめながら、シチロウジはその手を握りかえした。
カンベエは握った手を思わず引き寄せて、シチロウジの肩を抱きしめていた。
シチロウジはその腕の中でじっとしていたが、やがて両手をカンベエの背に回して、ぎゅっと抱き返した。
そして「本当に良かった・・・」と繰り返し呟いた。
数呼吸置いて、老人がパンと手を打った。
「当面の危険は去ったが、まだ安全が確認されたわけではない。部隊には保安要員を一名残しておいたが良かろう」
カンベエから体を離したシチロウジがきょとんとしているのに向かって、いつもの柔らかい笑みで
「但し、連絡艇は儂が使わせてもらう。あそこへ戻る算段は、自分ですることだ」
ちょうどそこへ、引き継ぎの護衛の一団が「閣下、時間です」と連絡してきた。
作戦変更だと言って新たにパイロットを指名すると、老人は何やらシチロウジに耳打ちして、さっさと最後の降下に入り、去って行った。
発着場に残された二人を見て、一攻の面々が次々に降りてきては、シチロウジに歓迎のパンチを浴びせた。
最後に雷電が、斬艦刀を差し出した。
旗艦の外で待機していた三攻の隊長から、一攻帰還の連絡が入った。
ヒラザが出迎えに行くと、ちょうど第一中隊全員が着艦を終えたところだった。
カンベエと共に降り立ったシチロウジを見て、着艦場の隊員達が歓声を上げて集まってきた。
「何も聞いておらんぞ」
勿体ぶった調子で、しかも喜びを満面に浮かべて新司令官が言うと、シチロウジは生真面目な顔でさっと敬礼をして
「オオガヤ殿より御伝言です。
―――この者、囲む会とか何とかの皆様のご厚意に悪のりして好き勝手を行い、まじめな若い隊員を困らせたこと、その他注視すべき事多々あり。因って当分の間アカイ司令官の下に止め置き、学ばしめられたく。処遇の如何は、これをアカイ殿にお任せいたす―――」
「長いヤツをよくまあ覚えたものだ―――ま、これで囲む会も解散せずに済むな」
「それはいけません。今の御伝言・・・」
更に歓声が大きくなり、それ以上は何を叫んでも聞こえなかった。
改めて仲間になった隊員達に揉みくちゃにされて嬉しそうなシチロウジを、カンベエはヒラザと共に数歩離れたところから見つめていた。
腕の中には、確かな感触が残っていた。
(終)
(2006.04.23, 05.03)