風来(後)
「さあ、町の入り口だ。ここまでだな」
振り返ったカンベエに、大人達はうなずき返した。
「・・・ねえ、ほんとにもう、お別れなの」
最年少らしい幼女が遠慮がちに言うと、他の子供達も、うんうんと大きく首を縦に振った。
「ここまでの約束だ。カエデ、そんなことを言ってカンベエさんを困らせるんじゃない」
年長の少年が、皆をなだめる。
「タカラマルの言う通りだ。こんな所でぐずってはいけないよ」
「お別れを言ったら出発だよ」
口々に子供達をなだめて、大人は今にも歩き出しそうだった。
「それでは、私どもはこれで。道中、本当に有難うございました」
「うむ。あと一息だな、ナリマサ。無事対面できることを祈っておるぞ」
「カンベエ様も、どうぞ息災に旅をお続けなさいますよう」
「どうしてずっと一緒に来てくれないの」
カエデがすがるようにカンベエの外套の裾を引く。
「カエデ。夕べ、その事は話してあげただろう」
目の高さにしゃがんだカンベエは、両手で幼女の頬をそっと挟んだ。。
「カンベエさんを困らせるんじゃないってば」タカラマルがカエデを抱え上げた。
会ったばかりの頃に比べると、抱かれているカエデもそれを抱いているタカラマルも、どちらも随分成長したものだ。カンベエの胸に迫るものがあった。
高い位置でカンベエと目線が同じになって気分が変わったのか、カエデはニッコリした。
「遊びに来てね、お月様が出たら・・・約束」
「ああ、約束だ。お月様が出たら行くよ」
「では、お達者で」「ばいばい」「きっと来てね」・・・
口々にカンベエに別れの言葉をかけながら、一行は町への階段を下っていった。
「ばいばい、きっと来てね」タカラマルの肩越しに、カエデはいつまでも手を振っていた。
カンベエは、全員が目的の階に下りて姿が見えなくなるまで、入口のきざはしに立って見送った。
これでまた、一人旅の始まりだ・・・・・・
町に対してくるりと背を向けたその時、下の方から悲鳴が聞こえてきた。
女の悲鳴、男の叫び声、子供の泣き声、そしてカンベエの名を呼ぶ声・・・
その時には、カンベエは既に階段を駆け下りていた。
角を曲がると、タカラマルが駈けてくるところだった。その背後に町の大通りが広がっている。
「カンベエさん!カエデが・・・それとコタロウも・・・」
大人は女達だけで、側には大きい子供達がいる。殆ど皆倒れ込んで、ひどく取り乱していた。通行人が遠巻きにしている。
「一体どうした。男衆は・・・カエデとコタロウは?」
泣き叫ぶ母親達の代わりにタカラマルが「誰かに掠われてしまって。父さん達が追いかけていったけど」と通りの先を指さした。
「道の端に避けて待っていろ。タカラマル、ここを頼んだぞ」
少年がうなづくのを確認すると、カンベエは左手を刀の柄に当て、示された方に走り出した。
一番小さい二人がやられた・・・
何と言うことだ、何という失態だ!此処まで来て、あと少しだというのに。なぜ、最後まで付いていてやらなかったのだ。己のこだわりが何だというのだ―――些細なことだ、皆の無事に比べれば―――全く、何という失態だ!
悔悟の念が全身に渦巻き、カンベエの追跡の足に力を加える。
男達には間もなく追いついた。道に座り込んで、肩で息をしている。
「ナリマサ、どうなっている。子供達は?」
「ああ、カンベエ様!この道を真っ直ぐ・・・私らにはもう追えません・・・」
「どんな奴らだ」
町民連れとはいえ複数の大人を蹴散らして子供を二人掠っていくからには、暴漢は一人や二人ではあるまいとカンベエは睨んでいた。
「男が・・・三人・・・いや四人か・・・」
「あっという間のことで、追うのがやっとでした・・・」
「女衆や子供達の所に戻って待っていろ。心配するな、必ず助け出す」
言い置くと、カンベエは再び走り出した。
暴漢の通行は余程目立っていたのだろう。走り来るカンベエに気付くと、通行人達が先の方へ視線を向ける。
それを手がかりに辿っていくと、町の回廊を半分ほど行ったところの路地に行き当たった。
見つけた。
店と店の間の小路に入り込んで、ゼイゼイと息を継ぎながら交替で顔を出して、追っ手が来ないか窺っているようだ。
カンベエは少し手前からゆっくり歩くと、道の反対側を何食わぬ顔で一旦通り過ぎた。コタロウが暴れているのか、小声で叱りつける声がする。合間にカエデのか弱い泣き声も聞こえた。
通り過ぎてから引き返し、すっと小路に入り込む。道幅は狭かったが、暴漢達はカンベエの相手ではなかった。
刀を抜きざま、子供を抱いていた二人はその腕ごと切り落とし、子供達を受け止めると後ろに庇って刀を構え直す。
カンベエの突然の乱入に驚いた男達は、小路の奥へと後ずさった。一人が斬りかかってきたが、カンベエはたやすく受け流し、返す刀で胴を払う。脇を深く斬りこまれた相手は、その場に倒れ込み、苦痛にもんどり打った。
幼子の前でかような修羅場を作り出したくはなかったが、これは、自分が売られるいつもの喧嘩とは訳が違う。子供を誘拐するような連中を、峰打ちだけで追い払って済ませるわけにはいかなかったのだ。
最後の一人は、とうに逃げ出していた。両腕を切り落とされた二人も、苦痛に喚きながら何とかその場を逃れようとした。
刀の血糊を払い鞘に収めて振り向くと、カンベエは膝を着いて二人を両腕で抱きしめた。我知らず溜め息がこぼれる。
「コタロウ、カエデ、怪我はないか」
コタロウはその場の凄惨さが理解できたらしく、小さく震えて怯えた目でカンベエを見返すだけだった。
カエデは「カンベエさん、カンベエさん」としがみついてきた。落ち着いたのか、もう泣いてはいなかった。
「さ、皆の所へ戻ろう。コタロウ、歩けるか」
震えてはいたがコタロウがうなづいたので、カンベエはカエデを抱え上げると、コタロウの手を引いて道を戻り始めた。
そこへ、ナリマサとタカラマル親子がやって来た。
「コタロウ! カエデ! 良かった、良かった!」
「待っていろと言っておいたはずだ。向こうにまた何かあったらどうする」
「ですが・・・」と言いながら、ナリマサはカエデを受け取ろうと手を伸ばした。しかしカエデがカンベエにしがみついてそれを拒否したので、かわりにコタロウを抱き上げ、カンベエと並んで歩き始めた。その少し前を、タカラマルが歩く。
「二人とも、少しだが返り血を浴びている」
カンベエに言われて初めて子供達に付いた血痕に気付いたナリマサは、「取り敢えず」と言って懐から手拭いを取り出し、先ずカエデの頬を拭った。
「全くもって、面目ないことです。急襲されたとはいえ、手も足も出なかったとは・・・」
「・・・お前達は、武術についてはろくに修練を積んでいないのだ―――キスケとコスケの親子だ。仕方あるまい」
「・・・・・・」
コタロウの汚れを拭う間もその後も、ナリマサ親子は言葉少なだった。
カンベエの個人的こだわりを尊重するというのも理由の一つではあったが、長老との約束は「町に到着するまで」だった。
首尾良く尋ね先と対面を果たした後、前もって依頼しておいたとおりにナリマサ達が受け容れられるのか否か。そしてその後どうするのか。いずれにせよ、それは全てナリマサ達次第、彼ら自身が決めることなのだから。それが長老の考えだった。
カンベエの役目は、残りの聖地を巡った後、この町まで送り届けるだけ。
とはいえ・・・・・・・・・
カンベエは、責任の一端を、感じないわけにはいかなかった。
町には出来れば入りたくない、とカンベエが言わなければ、長老の要請はもう少し違ったものになったのではないか。少なくとも、尋ね先に着いたことを陰で見届けるくらいはしなければならなかったのではないか。
シチロウジの最期の地のすぐ近くに出現したこの町。
シチロウジの命がこぼれ落ちて、そこから芽吹いたようにしか思えないこの町。
何度か足を踏み入れたことはあったが、その成長を外側からそっと見守っていたいという思いも強いのだ。
しかし今、それにこだわっていて良いものか。このナリマサ親子とその一族に対する自分の責任の範囲は、いったい何処までだろう。
分かっているはずだ―――これまで、こだわりを押し通して、後悔することはなかったか・・・・・・
一同の待つ所へ戻ると、皆手を取り合って子供の無事を喜び、カンベエに口々に礼を言った。カエデは母親に抱きしめられ、機嫌良く笑い声を上げた。コタロウも漸く落ち着いたようだった。
見物人達も、騒ぎの結末を見届けると、三々五々散っていった。
衣類の汚れをはたき、身の回り品を確認して身支度を整え直すと、一同は改めてカンベエに向き直った。
「最後まで付きあうことにした」
カンベエの方から口を開いた。
ワッと子供達がカンベエに駈け寄り、大人は嬉しそうに、また感謝を込めてうなづいた。カンベエもうなずき返す。
「それでは、いよいよ行くとしようか」
気を取り直した様に見えるナリマサが声をかけ、一同は再び歩き始めた。
いつものように、列の最後尾をカンベエとタカラマルが並んで歩いた。
「タカラマル」
カンベエが声をかけたが、タカラマルは返事をせず、最近では珍しいことに、カンベエの外套の袖をギュッと握った。
カンベエも、特に何が言いたかったわけではない。別れを惜しみ少年のこれからを案じて、肩をそっと抱き寄せた。
二人は皆の後について、最後の道のりを無言のまま歩いていった。
(終)
(2006.08.05)