注意!】この後編には、ちょっと女性向き要素があります



真に望むもの(後編)(継続中)



カンベエが自分の執務室に戻ると、シチロージが報告書の首尾を心配しながら待っていた。
隊長が中央へ大抜擢されると聞かされて、副官は全身で喜びを表した。

「ご栄達おめでとうございます!」

上官の上着を受け取るいつもの仕草にも喜びが溢れている。

「さっそく取って置きでお祝いいたしましょう」
「慌てるな。話はまだ終わっておらん」
「・・・は?」

出世する本人があまり喜んでいないのがシチロージに伝わった。

「何か不利な交換条件でも?」
「うむ・・・」

どう切り出したものか言いあぐねて、カンベエは傍らの長椅子にどっかと腰を下ろした。
その真ん前に歩み来て立つ副官の顔は、窓から差し込む陽射しを受けて半分は輝き半分は陰になっていた。
シチロージの笑顔がしぼんでしまったことがカンベエには残念だった。
嬉しいことがあると、この若者の色白の頬がほころんでほのかに朱に染まる。その様子が特に気に入りだったのだ。
今は無言でじっとこちらを見つめる空色の瞳も気遣わしげだった。

「この度の異動は・・・俺だけだ」

ようやく言葉が出た。喉の奥が少しひきつれて痛んだ。
副官の瞳が一瞬見開かれ、それからいつもの平静な顔になった。

「当たり前です。・・・カンベエ様はひょっとして、私が何かのおこぼれに与(あずか)りたいと思っているとお考えですか?」
「まさか。お主をそういう人間だと思ったことはない」
「それを伺って安心しました。では改めてお祝いを申し上げます」

敬意を表してスッと背を伸ばした副官の本心が、しかしカンベエには手に取るように分かった。

(強がりを言いおって)

長椅子に背を預けて腕を差し出すと、シチロージの瞳にためらいが浮かんだ。更に促したが姿勢を崩さないので、手首を掴んで引き寄せる。
尚もためらいがちに倒れ込んでくる体を受け止めて腕を回すと、今度はそれに応えてシチロージの腕もカンベエを捉えた。

窮屈な姿勢のままで、ふたりはしばし無言で抱き合った。





沈黙の後で最初に声を発したのは副官だった。

「ご出立が明朝ならば、荷造りを急がねばなりませんな」
「支度は要らぬ。身ひとつで来たのだ。身ひとつで出て行こう。それより、時が来るまでしばし・・・」

カンベエの言葉で、ふたりは部屋の奥にある隣室への扉に視線を動かした。

「・・・ならば」

シチロージは我が身を引きはがすように体を起こすと、机に歩み寄って艦内通話器に手を伸ばした。

「・・・私だ。隊長のご栄達の話は聞いたか?・・・そうだ。明朝の臨時便で出立される・・・」

副官が部下へ指示を出す声を聞きながら、カンベエは隣室へ歩み入った。小部屋を占めるのは、仮眠用の寝台と年季の入った大小の棚のみ。
寝台にごろんと仰向けになると、体の下でギーギーと鋼鉄の枠が軋んだ。

もう何年もの間聞き慣れた音だった。戦闘と戦闘の合間に、勝っている時も負けている時も、この音を聞きながらしばしの眠りに就き、時には・・・安らぎをすら得てきたのだ。

「・・・非番の者は休ませておけ。いつまた戦闘が始まるか分からないからな。・・・いや、隊長は賑々(にぎにぎ)しいのは好まれない。整列してサラリとお送りしよう。ああそれから、緊急以外は取り次ぐな。残務整理もあるし、出来れば仮眠を取って頂きたい。まとめて明日聞こう・・・」

扉越しに聞こえる言葉の一つ一つにシチロージの歴史が詰まっているような気がした。カンベエが教えた事も含まれているし彼自身が学び身につけた物もある。それらはこの部隊で積み上げられた物だ。

「では宜しく頼む」という締めくくりの後、隣室は沈黙に包まれた。



(継続中)


(2012.09.21)

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