*** 灯り屋2周年記念アンケート 得票数第1位 【おっさまピ〜ンチ?!】 ***
カンベエ様に迫る絶体絶命の「ピ〜ンチ?!」とは・・・
真に望むもの(前編)
勝利の内に終結したばかりの戦闘について報告するため、島田カンベエは司令官の執務室へと出向いた。
腕には、自身の副官シチロージに急ぎ作成させた報告書と次に備える戦略の提案書を抱えていた。
(あいつは、戦闘中は無論の事、いつもながら手際の良い仕事をして補佐してくれる)
明るい気分でカンベエは司令官室の前に立ち、入室の許可を請うた。扉の握りに手を掛けて回す間に、その気分はいや増していった。
(隊員達のためにも、充分なねぎらいが貰えるよう司令官に掛け合おう)
しかしそこで、思いもかけない命令が下されたのだった。
「ちょうど良かった。お主を呼びにやろうと思っていたところだ。急な事ではあるがな、島田」
カンベエの顔を見るなり、司令官は近う寄れと手招きした。
「この度、お主を幕僚の一員として推挙する事となった。お主にとっては無論の事、儂にとってもこれは甚だ名誉な事である」
「は?・・・某(それがし)を中央へ、でありますか?」
出しそびれた書類の束を持ったまま、カンベエは上官の机の前で棒立ちになった。
「栄達の知らせを聞き返すものではない」
明らかに気を悪くした相手の反応に、カンベエは背を伸ばして威儀を正す。
「ご無礼、お許し下さい」
「まあ思いもよらぬ事だ。致し方あるまい」
司令官は相好を崩した。
「実は最近、さる筋から有能な軍師をと要望が参っておってな。この度の戦闘での見事な采配を土産にお主を推挙しようと思うのだ」
さる筋とは例の将軍の事だな。カンベエは腹の中で合点した。
ありがちなことではあるがこの国の中央部でも、名家古豪に新興勢力が入り乱れ派閥を作って主導権争いに明け暮れていた。
カンベエの上官である目の前の司令官も、そうした閥のひとつを束ねるある将軍の流れに属していた。「部隊の司令官であるにもかかわらず、その顔は前線と中央のどちらへ向いているのだ?」と、作戦を立て隊の命運を預かる軍師として、カンベエが憤る事も少なからずあったのだ。
(よりにもよってその将軍が、この俺を召し抱えるのだと?)
カンベエの密かな怒りには関係なく、司令官は得意気に話を続けた。
「お主も知っての通り、ここしばらくはどの方面でも芳しい戦果を上げられずにおる。そこで幕僚が協議の上で人心一新を殿に進言申し上げた結果、各部隊から若く有能な軍略担当者を中央へ招聘する事となったのだ」
司令官は如何にも大義ある決定であるかのように語ってはいるが、とカンベエは苦い思いを押し込めた。
(要するに、幕僚達の抗争が一段落して敗者は退けられ、勝者が勢力固めを計ろうとしているという事か。この人事、上手くいけば推薦人の手柄にもなる)
「どうした、島田。身に余る栄誉にまさか不服ではあるまいな?」
憮然としたまま反応宜しくない部下に司令官は苛立ちを見せた。
「有り難きお話ではありますが、某はいまだ若輩者なれば、他に適任者がおられるはずと」
「馬鹿を申せ!この部隊の他の誰がお主より優れておる?しかも、よその部隊から出られては意味がないのだ!」
思わず本音を吐露してから、司令官は取りなすような口調になった。
「言うまでもなく、今の戦況でお主のような優れた軍師を失うのは部隊にとって大いなる痛手だ。しかしそこを敢えて犠牲にしてお主を送り出すのだ。国全体が戦に勝たねば、この最前線ひとつが勝利しても意味がない」
「無論であります」
「国のためだけではない。この度の話はお主にとって千載一遇の好機であろう?」
司令官は痛い所を突いてきた。
カンベエの実家の家格はそれほど高くはないから、いくら手柄を立てても出世の手が届く辺りはたかが知れていた。如何に有能でも今回のような人事はまず回ってこない。
(夢のような話だ。但し他の者にとってはな)
無言で耳を傾けているだけの部下を、司令官は押しの一手で攻めてきた。
「お主が出世するという事は、お主の下におる者達にも道が開けるという事だ」
「部下にも、でありますか?」
「さよう。昇進してとうに指揮方に移っていても良いはずのお主が、それを固辞していつまでも前線の隊長に居座っておっては、下の者の頭がつかえるぞ」
「それは無論承知しております。ゆえに、能力ある者は滞りなく昇進できるよう計らっておりますし、そもそも最前線にて自ら刀を振るう事が某の本分と・・・」
「島田!」
司令官は強い口調で部下を遮ってから、これが結論だと言わんばかりの断固とした声音で宣言した。
「お主を推挙する!」
カンベエはそれ以上反論できる立場にはなかった。
「・・・有り難くお受けいたします」
渋々の返答だったが司令官は破顔した。机の上に広げた両の掌が満足そうに丸められた。
「それで良い。出立は明朝だ」
「それはまた急ですな」
「中央へ向かう輸送船との連絡が、それを外すとしばらくない。軍師ならばその位の情報は届いておろう。おお、そうだ、推挙状をしたためておいたから、書記部で受け取って行け」
「は。では戻って引き継ぎの用意をして参ります」
「そうするが良かろう」
退出しようとするカンベエの背中に、安堵したのか司令官ののんびりした声がかぶさった。
「ああしかし、それは案ずることはあるまい。シチロージがお主の業務は承知しておろうし、荷物も手落ちなく後から送って寄越すだろう」
扉に手を掛けたまま、カンベエは振り返った。
「司令官殿、今、何と?」
「後のことはあやつに任せて、お主は後顧の憂いなく出立せよと言うたのだ」
カンベエは思わず司令官に向き直った。
「シチロージは、某の副官は、同行できないのでありますか?」
途端に司令官の顔に厳しい色が戻った。
「当たり前だ。儂が推挙するのはお主だ。それに、あやつが現在お主の副官であるのはたまたまだ」
司令官の言うとおりだった。
シチロージが副官としてカンベエの下で働くようになってからかなりになるが、それは軍の人的資源の配置の結果でしかないのだ。
(確かに。あいつは俺の私的秘書でも従僕でもない)
次の異動で別々の部隊に配属されることだってあり得るのだ。
しかし理屈では分かっても、シチロージが傍らに存在しない自分の姿を想像できなかった。
「それに、この度のことはシチロージにとっても出世の好機だ」
司令官の声が耳の中で反響しておかしな音色に聞こえた。
「何と間の抜けた顔をしておるのだ、軍師の名が泣くぞ。あやつは確かにお主を助けてよく働くが、だからといって万年副官のままにしておくつもりか?」
このひと言は不意打ちに等しかった。
シチロージも低い家格の出であったから、やはりどう頑張っても部隊の長程度が精々だ。
しかも、直属の上官であるカンベエが道を譲ってやらなければ、そのささやかな未来すら閉ざされるのだ。
その自覚はカンベエを打ちのめした。
(何と言う事だ!俺はこれまで、あいつに関してそういう意味で心配をしてやった事がなかった・・・)
その場に両足で立ち続けていられる事が不思議なほどに、カンベエは内心動揺した。
その目前で、とくとくと司令官の話は続いた。
「但し、直ちにお主の後任にというわけにはいかぬぞ。有能とはいえまだ歳が足りぬと横槍が入るかもしれんからな。それゆえ、一旦他の者の下に置いてから然るべき時に隊をひとつ任せる事にしよう」
「・・・何卒、宜しくお願いいたします」
ようやくのことでそれだけを口にした。カンベエは前線を離れてひとりで進むしかなくなった。
「うむ。案ずるな、儂に任せておけ。全て上手くいく。まことにめでたい」
司令官は満足そうに背を反らせた。
反射的に頭を下げたカンベエは、おのれの手の中にまだ書類の束があるのを発見した。
「・・・ところで、先の戦闘の報告書でありますが」
「ああ、そうであったな」
司令官は気がない視線をカンベエの手許にやり、それから机に向かって手を振った。
「そこへ。あとで目を通しておこう」
「隊員達への特別報償は・・・」
「お主の良いように計らえ」
その口調は、前祝いの宴の相談をしているかのように響いた。
(後編に続く)
(2011.06.14)