「天漢」
槍の穂先を納め、タンと足許の床を打つと、シチロウジは振り返った。
「カンベエ様。 ・・・・・・・・・・・・」
確かに自分の名を呼ばれたはずだが、その後のシチロウジの言葉がカンベエには聞き取れなかった。
「シチロウジ、何と言っているのだ」
突然シチロウジの姿が遠ざかって、闇に消えてしまった。
跳ね起きたカンベエの周囲にも、深い闇が下りていた。
直ぐ隣で誰かが身じろぐ気配がして、掠れた男の声が囁いた。
「旦那、どうしたい。夢でも見たんかい」
「・・・どうやらそうらしいな。起こしてすまぬ」
カンベエも囁き返す。
「静かにしとくれ。起きるにゃまだ早い」
女の声が咎めた。
カンベエはその声にも囁き声で詫びた。
「外の空気を吸ってくるとしよう」
そう言い置くと、なるべく物音を立てないように気をつけながら、小さな戸口をくぐった。
小屋を出て背伸びをしながら上空を仰ぐと、漆黒の闇を背景にして、一面見事な星空だった。
上弦の月が既に沈んでいるらしいことから、夜半をとうに過ぎていることが知れる。
外の方が、古びて窓もない掘っ立て小屋の中よりは、余程明るかった。
あの星々ほど遠くはないが、この地面を離れた高みで戦さが繰り広げられた時代があったのだ。
それはもう何年も前のことになってしまったが、カンベエには、未だについ昨日のことのように感じられる―――砂漠で彼(あれ)を失って終わってしまった自身の戦さも。
カンベエの後を追うように、誰かが小屋から出て近づいて来る気配がした。闇に透かして見ると、連れの集団の中にいる少年だった。
「・・・あ、いた。良かった・・・」
「俺を捜しに来たのか」
「うん。おやっさん達に、カンベエさんがどうしてるか見て来いって、起こされた・・・」
と言いながら、少年は大きなあくびと背伸びをし、カンベエの隣に腰を下ろした。
「姿をくらますとでも思ったか。暫くしたら戻るから安心しろと言っておけ。お前も戻って寝て良いぞ」
「うーん、でも・・・・・・」
やれやれと、カンベエは溜め息をついた。子供に大人を見張らせるとは・・・
その時、小屋で幼児の泣く声がした。少年は慌てて戻る。
暫くあやしていたようだが、やがて泣きやまない子供を抱いて、少年はカンベエの所に戻ってきた。
更にひとしきりぐずった後、子供はカンベエがいるのに気付き、「カンカン、抱っこ・・・」と手を伸ばしてきた。
満天の星の下で、子供のふっくらとした頬が見える。カンベエに抱かれた子供はしがみついて頬ずりをせんばかりだった。
「あんたにすっかりなついちまって・・・だから、おやっさん達もあんたに気を許して、付いて来てくれって言ったんだろうな。みんな結構臆病なんだけど」
「ハッキリ物を言うんだな・・・・・・こらこら、そんなにこすり付けたら、髭で痛いぞ・・・」
子供は相変わらず機嫌良さそうに、カンベエの腕の中で遊んでいる。
「悪いけど、この子が寝付くまで抱っこしてやっててくれるか」
「俺は構わんが、外では夜露に濡れてしまうぞ」
「中にいるよりましさ」
二人は大木に並んで寄りかかり、星空を見上げた。
「あんた、サムライだったんだろ。サムライは、空を飛び回っていたんだって?」
「だった、ではなくて、今もサムライのつもりだが」
「今じゃサムライは地面を這い回っているって訳か」
「辛辣だな。否定はせぬ。お前もその年で苦労人のようだな」
「さあ・・・その子みたいに、赤ん坊の頃からおやっさん達と旅暮らしだから・・・」
「この暮らしが普通という訳か・・・・・・」
「どうしたんだい、黙っちまって」
「昔、お前みたいな子供がいたんだ」
「そいつも旅暮らしかい」
「難民だ」
「戦さに追われて放浪した連中だな。俺らも大して変わらんな。大砲の弾が飛んでこないというだけで。で、そいつはどうなったんだ」
「サムライになった。サムライになって、戦さに行って・・・」
「死んだか」
あまりにあっさりと他人に言われて、カンベエは自分でも意外なほど傷ついた。
「―――そういうところだろうな」
「葬ってやったんかい」
「いや、出来なかった」
「ふーん・・・」
眠りかけて大人しくなった子供の頭を撫でながら、少年はポツンと言った。
「弔いかい?」
「何だって?」
「あんたが旅してるのは、さ。そのサムライの為かい」
返す言葉を探す間、カンベエは天空を見上げた。
「・・・・・・何とも言えんな。ところでお前、知っているか。あの、天に懸かる橋のような、川の流れのような、ひときわ輝く星の集まりは、天漢というのだそうだ」
「てんかん?」
「天の河という意味だ」
「なんで、かわじゃなくて、かんなんだ」
「かんとはな・・・かんというのは・・・・・・」
らしくないと思いながらも、カンベエは胸が詰まり、天を仰いだまま言葉を継げなかった。
少年は眠った子供をカンベエの手から受け取ると、静かに小屋に戻っていった。
(2006.07.10)
七月になって、「シチ月だ。七夕だ」と考えていたら見た夢です。
こんなに長い夢だったかな・・・
目を覚ましたカンベエが、天の川を見ながら連れの少年と言葉を交わすのが大筋ですが、会話の記憶を辿っていったら、こんなに長くなりました。色々喋っていたのですね。
小屋で寝ている集団はカンベエの連れらしいのですが、どういう人々で、何故同行しているのかは判りません。
夜中の屋外で平気そうなところを見ると、夢の中でも、七夕の頃だったのでしょうか。
それにしても、カンベエさんに抱っこなんて、羨ましがるだろうな・・・・・・