「朝陽の中で・・・」
その年の、夏至の夜明け。
砂漠に朝陽が昇るにはまだ幾らか時間があったが、地平線では黒の中に橙色の光が混じり始め、岩山に生えた灌木も薄れていく闇の中に姿を現しつつあった。
もう何度も通った道を踏みしめて、カンベエは最後の上り坂を途中まで来ていた。
このまま正面の道を上っていけば、この街道は、砂漠に開いた大穴に出現した町へと続く下り道になる。
カンベエは、ふと、何かの気配を感じて歩みを止めた。
街道の右手から・・・何者(物)かが動く気配?
右手の方は、以前に一度確かめたことがあった。灌木がまばらに生える間に大岩が転がり、その先は結構な崖になっている。
その足許には、まるで入り江のように砂漠が侵入していた。
崖の陰になっているので、その「入り江」は砂漠からは見えない位置にあり、一般の旅人の目に触れることはない。
薄闇に目を懲らして見ても、灌木の間にはそれらしい存在は見えない、ということは、この気配は崖下からか・・・
カンベエは灌木と大岩の林を抜けると、岩の一つに身を隠して、闇に沈む「入り江」を見下ろした。
砂でできた遠浅の「海岸」に、遠目に人影が一つ。崖の陰と薄明の中を行き来しつつ、無言で槍を振るっていた。
腕が勢いよく前方に突き出され、またかわして後方へ引き戻されるのに合わせて、すり足で進む足許に砂が舞い上がる。
射し始めた朝陽が崖を回ってきて、動き回る人影に時折り当たると、槍の穂先と体の一部がそれを反射する。
(・・・・・・砂の中とはいえ、動きが今ひとつ精彩を欠いておるな。体が大きい割に初心者かも知れぬ・・・・・・
それにしても、このサムライ不要の世の中で、今頃、誰が槍の稽古など・・・・・・)
単調なことが多い放浪の旅の途次で思いがけない物を発見した小さな喜びに、カンベエはしばし見入っていた。
やがて、その見事とは言えない槍さばきの癖が分かってくるにつれて、槍を振るう人影は懐かしい姿と重なっていった。
かつて自分自身が教えた型に、その後どこで体得したのか別の型を合わせた、あの独特の槍術――――――
「・・・・・・・・・!」
カンベエは、心に浮かんだ考えがもたらした衝撃で、思わず地面に膝を着きそうになった。
感情の乱れが隠していた気配を解き放ち、それが崖下の人影に届いたのか、動きがピタリと止まった。
しかし、衝撃を受けたとはいえ、彼我の間には相当の距離がある。遥か崖の上のこの気配を、あの人物は感じ取っただろうか?
一瞬の間をおいて槍を納めると、かの人影は何事もなかったかのように着衣に付いた砂をはたき落とし、傍らに置いてあった上着を拾い上げて、町の入口へ向けて歩み始めた。
カンベエは目を瞑り、その、砂を踏みしめるかすかな音に耳を傾けた。
足音が次第に遠ざかり、やがて聞こえなくなると、目を開け岩を背にしてその場に座り込んだ。
これは一体どうしたことか・・・・・・いやいや、ただの人違いというのが、いかにも有りそうなことだ・・・・・・
波立つ心を抱えたままカンベエが漸く立ち上がったときには、陽は既に高く昇っていた。
(2006.06.21)
リアルでも夏至の夜明けに見た夢。
虹雅渓でのカンベエとシチロウジの接触は、どんな形にせよ、有ったのか無かったのか・・・は、大いに興味をそそられるところではあります。
がしかし、漆にとってのこの夢の重要性は、実は別の所にあります。
「衝(3)」の後、蛍屋でのシチロウジをどの時点からどの様に描くか、漆は迷っておりました。
色々な設定・場面は浮かぶのに、それを具体化する文章も科白も断片的なものばかりで、全くまとまらず、先へ進みませんでした。
その時、この夢を見たのです。
そうしたら、その日のうちに「衝(4)」の冒頭の、町の描写から回想部分までが、するすると出てきたのです。
その後も、自然に繋がっていきました。 勿論、章として完成するには、これから加筆修正が必要ですが。
そう言うわけで、漆にとっては、シチさんが「この辺から始めてみたらどうだい」ときっかけをくれた、特別な夢になりました (誰か、のろけてるぜ、と言って!)