「山鳴り」


東方(ひがしがた)陣営の地上部隊が、崖崩れによって険しい山中に孤立した。
カンベエとシチロージはその救出活動への参加を要請され、高層部から地上部へ派遣される。
そこに待っていたのは、シチの前任部署「資料部」の長官からの密命だった。
部隊が孤立した地域を支配下に置く少数民族と秘かに交渉するため、二人は山中深く分け入っていく・・・





     (序)

 地上部との共同作戦のため、カンベエとシチロージが小型連絡艇に乗り込んで高層部から下降を始めて、既に数時が経っていた。
 緩やかに弧を描いていた地平線が次第に横に伸びていって、ついには山並みに隠されてしまった。眼下に広がる蒼い山の壁はたちまち視界一杯に拡大し、ついには窓の外に見えるものの全てになってしまった。
 その山並みを「蒼き龍」と東方(ひがしがた)の人々は呼ぶ。深い緑に覆われた稜線は、高くは天を衝こうとし、低くは目もくらむ渓谷を刻んでいる。その険しい姿を、龍の背に見立てたのである。
 大陸の縁に沿って南北に延びるこの山脈は世界を大まかに東西に分け、西方に広がる強大な南北二大陣営から、一回り小さい東方(ひがしがた)を守っているかのようだ。それ故いにしえより、「蒼き龍臥して朝陽を望む」、つまり、龍は朝陽の照らす東の国に仕えている、と人々はその雄姿を称えてきた。
 山脈の南側は、今回の飛行コースからは見ることが出来なかった。蒼き龍は、北へ行くほど緑が豊かで森も深くなるが、南端は岩が露出していて、他とは趣を異にしている。そしてそこが、カンベエが育ったところ、少年期までを過ごした故郷であった。
 
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 連絡艇は、比較的幅の広い渓谷に入っていった。両側の切り立った崖にも木々が生い茂り、幾筋かの細い滝が水しぶきを上げているのが見える。カンベエは、蒼き龍の蓄える豊かな水脈に思いを馳せ、同時に、「南に降った雨も北に流れる」という、ふる里に伝わることわざを思い出した。富は既にある所に集中するという意味だが、岩山に住むことを余儀なくされた彼の民族にとっては、過酷な状況をやり過ごすための諦観でもあった。
 操縦桿を握るシチロージは、高層部を離れてからずっと、隣の席の連れが物思いに沈んでいるのを横目で見ていた。カンベエが寡黙なのはいつものことだが、蒼き龍の懐深く侵入していくにつれて、その顔をうっすらとだが苦渋の色が覆っていくのが見て取れた。
 「俺の育った所は、岩山に泥のシミを付けたような、村とは名ばかりの寂しい所だ」としか語らなかったそのふる里のことを思い出しているのだろうか。進んで語ろうとはしない故郷について、シチロージもそれ以上尋ねたことはない。
 艇は、ひときわ狭い渓谷の一つに入っていった。正面に、狭い棚をならして滑走路が出来ているのが見えてきた。少しの横揺れでも崖に激突しそうなほどに空間が狭まってから、連絡艇はようやく約束の地点に到着した。そこには既に、資料部の隊員が・・・・・・