『かの深き香りに』
カンベエさんの故郷の村では、少年達は15歳になると「肝試し」と呼ばれる成人儀礼のために旅に出ます。カンベエ少年がその中で遭遇したのはサムライ、つまり・・・
相変わらずの捏造てんこ盛りです。
下の見本には出てきませんが、女性向け部分が少々。
戦闘場面その他では流血表現がありますので、苦手な方はご注意下さい。
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(ひと月経ったら戻ってくる?カンベエちゃん)
作業小屋の入り口で突然囁き声が聞こえ、ドキッとして少年カンベエは振り返る。
声の主は幼馴染みの少女だった。
朝陽を背に受けたその姿はシルエットとなり、表情はよく見えなかった。
「…アサギか。俺はもうすぐ肝試しに行くんだ。ちゃん付けはいい加減に止めろって言ってるだろう」
不意を突かれた焦りを隠そうとして、カンベエは答えをはぐらかした。
それに対しては何も反応が無く、一瞬の沈黙が小屋を包む。
「今日はいつもより沢山掘るから、袋を余計に持って来いってばば様が言ってた」
唐突にそれだけ言い残すと、少女はふいっと背を向けて駆けて行った。
「何だよ、あいつ」
人の心をかき乱しただけの行為にむすっとしながら、カンベエは言いつけ通りに麻の袋をもうひと束担ぎ上げた。
(中略)
くだんの商人は、いずれ名のある御家中に推薦してやると言った。
そこの殿様は、家柄に関係なく「優秀な人材」を集めて学問や武芸を学ばせてくれるという。つまり、優れたサムライを育てて戦さで手柄を立てさせてくれるのだ。
ついこの間もやって来た彼は、春芋の袋を担いだカンベエとすれ違う度に、身にまとった宝飾品をシャラシャラ鳴らして囁きかけてきた。
「手柄を立てれば出世ができる。出世とは何だ?そんな石ころと変わらないちびた芋を後生大事に掻き集めなくてもすむということだ。私の言う意味が分かるだろう、少年。大丈夫、君なら十分にやっていけるよ」
そうか。サムライとは、芋を掘らない人間のことか。芋を掘らずに人を斬る、らしい。
どちらにしようかな、と俺は選ぶのか、芋掘りか人斬りか、と。
「あんたらも知ってるだろう。こんなカラカラに乾いた土地でも、時には鉄砲水に襲われて芋が流される。それにほら、あの頂き、あんなに遠くて霞んでるのに、あそこの崖崩れの流れがここまでやって来て、芋を掘る俺たちを押し潰すんだ」
「それで?君が言わんとする事は何かな、少年」
「そんな目に遭わないで済む連中が、どうして戦さでわざわざ殺し合うんだ?人が死んだり傷ついたりを、俺はもう十分見てきたよ」
「ほうほう、そこだよ、少年」
これ以上付きまとって欲しくないというカンベエの思惑とは裏腹に、商人の口調はにわかに熱を帯びた。
「せっせと手柄を立てる連中とは別に、そういうことを考えられる人物もまた必要とされるのだよ。それが戦さだ。
ところで、今年は君も肝試しに行くんだろう?その間、私の話をじっくり考えてみたまえ。夏の終わりにまた来るから、続きはその時に話そうじゃないか。楽しみにしているよ」