『ダウンバースト』
大戦時代、カンベエの命を受けて水軍の所領に潜り込んだシチロージ。
今回はその前半部分、シチロージとボウガン男の出会いまでです。
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序章
(桃色の髪…?)
印象的なほどに鮮やかな桃色の髪に細い顎、鼻頭を覆う黒い細帯、
そして腰には、ボウガンという呼び名にもかかわらず、
地面を引きずろうかという太刀を佩(は)いている。
どこか遠く遙かな彼方で、シチロージの記憶があっと声を上げた。
ボウガンはシチロージには全く目もくれず傍らを通り過ぎる。男達が道を空けた。
「何ちんけなことやってんだ。御前や若の命令なしに町の人間に手を出すんじゃねえ」
「でも、あにい。こいつきっと癒しの里の奴だぜ」
「勝手にこんな所に上がってきたのに違えねえ」
「詮議して懲らしめて…」
男達は言い訳がましい言葉を口々にまくし立てたが、ボウガンは一蹴した。
「俺たちにそんな権限はねえ。そんなことばかりやってると叩き出すぞ」
面目ねえとしおれる手下を引き連れて、ボウガンは立ち去ろうとした。
その背中に向かってシチロージの口から言葉が漏れた。
「ハナカケ…か?」
ボウガンの肩がぴくりと痙攣し、立ち止まる。
遠巻きにしていた群衆から一旦は漏れた小さな安堵の溜息がたちまち緊張に包まれた。
髪の色と同じに染めた衣装がゆっくりと振り返り、腕組みをしてこちらを見つめる。
シチロージもそれ以上は言わなかった。
藤色の羽織の裾がパタパタと音を立てて沈黙を埋めた。
ややあって、ボウガンの方から歩み寄ってきた。
シチロージの真ん前に立つと、やはり無言でじっと瞳を覗き込む。
そして、ようやくニヤリと口の片方をゆがめてみせた。
「驚いたぜ、こんな所で戦さに出会うとはな!」
「覚えていたか」
ボウガンは頷く代わりに鼻当てをした顔を突き出し、なおもシチロージの瞳を覗き込んだ。
「勿論だ。この瞳の色。あの時俺たちが船を駆っていた空の色とおんなじだと思ったもんよ。
それと、忘れるもんか、サムライ、あの悪所落(あくしょお)としを」
「お前の知り合いか?」
先刻から様子を見守っていた笠懸けの小男が声をかけてきた。
「ああ、ずいぶん昔の話だがな」
ようやくシチロージから目を離すと、ボウガンは手下の方に向き直った。
「おめえら、俺が通りかかって命拾いしたな」