* 以下の見本には出てきませんが、このお話はR18指定です *


「青の記憶」

(前書き)
これは、シチロージがカンベエのいる高層部に配属になる以前の、資料部時代の物語です。
登場人物の間の親密な関係を表現する部分がありますのでご注意下さい。



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前夜から降っていた雨が、午後遅くになってようやく上がった。
資料部の書庫の自分の机に向かって作業に没頭していたシチロージは、額に滲んだ汗を無意識に手の甲で拭った。ふと顔を上げてそれに目をやってから、辺りがいつの間にか薄暗くなっていることに気が付いた。

「う……ん」
大きく一つ伸びをすると、傍らの窓の外に視線を彷徨わせる。
薄布のカーテン越しに見える空は雨が散々降った後にもかかわらずまだどんよりとして、雲も相変わらず無彩色の重たそうな色合いを帯びていた。
あの雲の厚みはどれくらいあるのだろう。
高く高く上昇してあれを突き抜けたら……そこはもう成層圏界面。カンベエのいる高層部なのだ。

あと何日かすると、カンベエの所属する部隊がこの上空に差し掛かるはずだ。シチロージは胸の奥がチリチリと疼くのを抑えられなかった。予定では、あそこに共にいる筈だったのだ……小さい子供がおとぎ話に出てくる約束を信じるように、単純にそう思い込んで疑わなかった、三年前。

三年前――士官学校を卒業してすぐにこの資料部へ配属された当時のことを思い出していると、机の側の壁で小さいガラス玉が光った。それは壁を飾る浮き彫りに嵌め込まれたもののひとつで、長官からの招集時に光るのだ。光る玉の色によって集合場所と呼び出しの緊急度を知らせるように決められていた。
(緊急事態だ)
口の中で呟くと、シチロージは広げてあった資料を壁沿いに並んだ棚に戻し、書きかけの書類をまとめて傍らの箱の中に投げ入れた。

廊下の突き当たりにある長官室の扉を、シチロージはノックもせずに開けた。扉の開け方には幾通りかの方法があり、緊急事態用の手順を踏めば、幹部は扉を解錠して中に入ることが出来るのだ。但しその時は、室内に解錠の警告が表示されるが。

部屋にはすでに副長官のタカムラが来ていた。上背があり肩幅もあるタカムラは、その堂々たる体躯に似合わぬ穏やかな黒い目を細めて手にした記録板に見入っていた。飛び込んできたシチロージにも顔を上げず、何事か考え込んでいるようだった。

資料部長官のオオガヤが正面奥の執務机越しに顔を上げた。壮年も半ばを過ぎた年齢の割には軽快な雰囲気をまとうオオガヤが、今は重い空気が淀んだ中に沈んでいるように見える。その様子が、事態の重大さを物語っていた。
オオガヤは無言で傍らのテーブルを示した。会議用の大きなテーブルには、大小の書類が広げられていた。ほとんどが走り書きのメモや手書きの見取り図のようだ。

手にとって目を通すうちにシチロージの顔色が変わった。それらは、資料部の解体をもくろむ計画を報告するものだったのだ。
「長官、これは……いつの間にこの様なことに」
「儂としたことが、あちらさんの真の狙いがどこにあるのか気付くのが遅れるとは」
「情報部の最近の動き。実に巧妙だったと言わざるを得ませんな」
タカムラが相槌を打つ。
「うむ。その点は褒めてやるか」
「……権限の強化を狙っていただけではなかったのですね」
メモを持つシチロージの指に力が入り、命がけだったかも知れない報告書にクシャッと皺が寄った。その音にハッとして、慌ててその皺を伸ばそうと両掌で撫でる。

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