騒ぎは突発的に始まった。

カンベエ達の住まいのある、シモツキ村の外れの開けた場所に、十数人の若い男達がなだれ込んできたのだ。手に手に、刀や匕首、棍棒を持っている。
「兄貴、あいつだ、あの髪の色の薄い奴」
「話通りの、かなりのべっぴんさんじゃねえか」

「何だ、昨日のちんぴらか。今日はまた随分数が増えたようだな」
荒々しい気配に小屋から出てきたシチロウジは、のんびりとした声を出した。
時刻は昼近くで、かなり気温が上がっていた。
初夏の陽に照らされて、髪を後ろで束ねて剥き出しになった額に汗が滲む。
「この暑いときになんとも鬱陶しい。少し静かにしてもらいたいものだ」

小屋から出てきたのが、言葉は大人びているが少年とも青年ともとれるような年頃の若者なのに、多勢を前にして全く動じた風がないのを見て、男達の苛立ちが募っていった。
―――だからといって容赦はしねえぞ。やい、昨日はよくも弟分を可愛がってくれたな。その綺麗な顔に傷を付けられたくなかったら、大人しく詫びを入れやがれ!」
一団の中で年嵩の男が、手にした刀をひけらかして凄んだ。

どちらの小屋でも、人の動く気配は感じられない。
明け方慌ただしく戻ってきたカンベエ様は、昼まで起こすなと言いつけて仮眠を取っている。隣のあに様も多分、まだ寝床だろう。ゴロウタが姿を見せないところを見ると、この始末はおいら一人でつけろと言うことらしい。

あいつ、前に読んだ草紙に出てきたちんぴらと同じ事を言ってる。ではこちらも草紙通りに暴れてやりたい気がするが、騒ぐとカンベエ様達を起こしてしまうし・・・などと考えていると
「何、ぼーっとつっ立ってんだ!恐れ入ったか!―――やっちまえ!」
「おお!」
「てめぇ、覚悟しやがれ」
男達は口々に喚きながら、シチロウジを取り囲むように迫ってきた。

やれやれ、御大将は手下任せか。だが、一番腕がたちそうだから、あいつ一人やってしまえば、いっぺんで片が付くだろう。まずは棍棒か何か、そっちの奴から奪ってやるか・・・・・・



事の起こりは、前日の今頃だった。

シモツキ村の村長の家に子牛がやって来たというので、ゴロウタに誘われてシチロウジも見に出かけた。
この村で新たに牛を買うなど中々出来ることではないので、村中が、それこそ老いも若きも、野良仕事の手を休めて見に集まって来ていた。中でも子供達は子牛の可愛らしさに夢中で、前から飼われている年寄り牛と一緒に放された囲いの周りに群がって、ワイワイ歓声を上げた。

元来動物好きのゴロウタも、目を輝かせて見とれていた。
シチロウジも動物は嫌いではないが、相棒のように一心にその動きを目で追ったり、仕草が可愛いと笑い声を上げたりするほどではない。子牛も可愛いが、それを愛でるゴロウタも可愛いものだ、と考えていた。
自分はそろそろ戻って槍の稽古を再開したい。多分今日か明日か、カンベエ様が戻ってくると連絡があった。少しでも上達したところを見て欲しい。

そこへ、よからぬ連中が押し掛けてきたのだ。村の出の若いのが農民の仕事を嫌って町へ行き、悪事を働く連中の手下になって、時折こうして近隣の村々に難儀をもたらしていた。今朝の目当ては無論子牛である。
しかし今回は、首尾よくとはいかなかった。五、六人だったちんぴらを、シチロウジがたまたまあった柵の端材で叩きのめしてしまったのだ。

シモツキ村に辿り着いて、あと二、三ヶ月で丸二年になろうとしていた。
その間、武芸の基本をカンベエに仕込まれ、間もなく十五歳のシチロウジはいっぱしの若ザムライ気分だった。
戦さ場に出ることの多いカンベエが実際に手ほどきできた機会は少ない。しかし、武器を振るうことが余程性に合っているらしく、一人の時も黙々と稽古に励んでいたのだ。

この村へは、流れ着いたのではなく辿り着いたのだと思えと、最初にカンベエ様は言ってくれた。だからこういう場合、おいらのすべき事は決まっている。
至極当然の行為として、シチロウジは連中を追い払ったのだった。
村人は驚き、感謝し、褒めそやした。
ゴロウタは、目を丸くした後、何も言わなかった。



そして、昨日の落とし前を、今此処でつけることになったのだ。

棍棒を奪うのは簡単だった。匕首や棍棒の相手はたやすい。この程度の武器を振り回す手合いは動きの筋が単純で、何より、遅い。こちらが素手でも、踏み込んできたところを交わして蹴りを入れるなりはたくなりすれば良い。二、三人まとめてでも大したことは無かった。
問題は、帯刀したのが四人いる事だ。どう動いたものか。奪った棍棒を手に、暫し様子を窺う。

仲間が簡単に子供に倒されて、残りの連中が本気になっているのがはっきり分かった。
四人は刀を抜いてじりじりと近づいてくる。その内、背後に回った一人の気配が、一番弱かった。
成る程、面白い。

側面の一人が掛け声もろとも一歩踏み出したのに合わせて、後ろの奴が右肩めがけて斬りかかってくる。体を左に交わしながら、横ざまに棍棒を打ち込む。腹にしたたか喰らって、そいつは体を二つに折って倒れ込んだ。反吐を吐くのが聞こえる。自分がカンベエから喰らった一撃の記憶が蘇り、胃の辺りがむかついた。

落ちた刀を左手で素早く拾うと、切っ先を踏み出した相手に向ける。一人目が叩きのめされている間にそいつは更に踏み込んでいたが、刃を向けられてそこで止まった。
この一連の動きの間にも、シチロウジの視線は敵の大将とおぼしき男に据えられたままだった。

暫し睨み合いが続いた。動いている間に紐のほどけた髪が額や頬にかかって、初夏の陽光に照り映えた。

倒れたり呻いたりしていた連中が立ち直り、敵の数が元に戻ったように見えたが、大方は戦意を失ってしまっていた。仲間の気分を察したのか、あるいは別の判断が働いたのか、大将は刀を退いた。
「ガキだと思ったが、なかなかやるじゃあないか、べっぴんさんよ。今日のところは、その腕に免じて見逃してやろう」
シチロウジは厳しい表情を崩さず、言葉も発しなかった。引き上げる相手に向かって、刀を投げ返しただけだった。


辺りが静けさを取り戻したとき、すすり泣きが聞こえ、振り向くとゴロウタが抱きついてきた。
「シチ坊・・シチ坊・・・・・・どうなるかと思ったよ」
「ゴロウタ、見てたのか?―――カンベエ様。ヒラザのあに様も」
「小屋の中からね。終わるまで出ちゃならないと、あに様が」
「おう、シチ坊。大したもんだ」とヒラザは褒めてくれたが、肝心のカンベエは
「相手がサムライでなくて、命拾いしたな」と言っただけだった。
「・・・・・・どうやら起こしてしまって。静かに終わらせるつもりだったんだけど」
期待とは違うカンベエの言葉に、シチロウジは俯いてしまった。

「汗と埃で縞模様になってるぞ。昼飯の前に、サッパリしてこい」
―――はい」
今度は何となく労いの響きを感じて、シチロウジの足取りは少しだが軽くなった。
ゴロウタはまだすすり泣きが収まらないふうで、涙を拭きながらその後を追い、二人は小屋の裏手に姿を消した。
ちと厳しすぎるぞとのヒラザの視線を無視して、カンベエはシチロウジの後ろ姿を見送った。顎髭に手を遣りながら。



「ねえ、シチ坊。ホントに怖くなかったのかい、あんなに大勢に囲まれて」
「ああ・・・・・・それよりか、もっと喜んでもらえると思ってたから、がっかりの方が先に立つ」
そう言いながら、シチロウジは着ていたものをその辺に脱ぎ捨てると、井戸から汲み上げた水を、そのまま頭から被った。
ゴロウタがそれをかき集めて、傍らの台に置いた。

「呑気だなあ」
「何をそんなにビクついてるんだい、ゴロウタ」
「シチ坊は全く呑気だよ。あいつら本物の刀を持ってたんだよ、稽古の時みたいに木刀じゃなくて」
「・・・・・・」
「鶏か魚みたいに、シチ坊が切り刻まれるんじゃないかと思ったら、おいら・・・・・・」
先ほどの恐怖を思い出したらしく、身震いする。
「そんなこと、これっぽっちも思い浮かばなかったなあ。自分がやられるかも知れないなんて」
もう一杯、水を被る。

「あのまま続いてたら、あいつらの誰かを、おいら、切ってたかも知れない。そのことなら考えてた」
「何で! 人を切るなんて、切り方も、どんな風になるかも、まだ習ってないのに!」
「そうだな、うん、習ってはいない・・・・・・でも、そう思ったんだよ、ごく自然に、何故か」
・・・・・・おいら、サムライになる自信が無くなってきた」
「何言ってる、ゴロウタ。二人して、あに様達みたいな立派なサムライになろうって・・・・・・・・」
差し出してくれた手拭いを受け取ったまま、シチロウジは年若い相棒を見つめた。

「それに、シチ坊。サムライになって戦さに出たら、国許の人たちと刀を交えることになってしまうかも知れないんだよ」
国許って、何処の国のことだい。おいらの国なら、此処だよ。おいらを受け入れて住む所を与えてくれたのは、東の国の人たちだ。この国の為にこそ、おいらは、戦さに行く」
「シチ坊は、きっと、根っからのサムライなんだね。サムライになるために生まれてきたんだ」

普段なら、それはシチロウジにとって最高の褒め言葉かも知れなかったが、今ゴロウタの口から出てきたそれは、虚しく響く音の連なりでしかなく、とても胸を張って言えるものには聞こえなかった。

「ところでさ、シチ坊」
話題を変えたくて、ゴロウタはシチロウジの額や頬に張り付いた髪を払った。
「髪、伸ばしてるのかい。今までは短く刈ってただろ。長かったらどんなに綺麗だろうって思ってたんだけどさ」
「その話は、無しだよ。伸ばすことに決めたけど、訳は・・・聞かないで・・・欲しい・・・
自分でも思いがけず口調がきつくなったことに驚いて、最後の方は小声になってしまった。
「・・・ごめん」
「おいらの方こそ、ごめん」
相棒に秘密を作ってしまったようで、シチロウジはこれまでの生活が全くの別物になってしまったような気がした。



「また直ぐに出立せねばならない」
シチロウジが水浴びを済ませて四人が昼食の卓を囲んだとき、ヒラザが切り出した。

「部隊の配置が大きく変わり、詳しくは言えぬが、おいそれと帰ってこれぬ所へ行くことになった」
ゴロウタは思いがけないことで驚いたが、シチロウジには、明け方戻ってきたときの雰囲気から、何となくこれまでと違うものを感じていた。それに、二人ともひどく疲れているようだった。
「そこでだ。お前たちのこれからについて決めておかねばと思ったので、こうして時間を作って帰ってきたという訳だ」
「今ここで?」
ゴロウタが心細そうな声を出した。
「そうだ、今ここで、だ」

シチロウジは、カンベエが自分を見ているのは分かっていたが、言うべき言葉が見つからず、椀の中身をつつき回していた。
「シチロウジ、お前はどうしたい」
黙ったままのカンベエをちらっと見やって、ヒラザがシチロウジに声をかける。
「まだ何も。サムライになりたいというのは変わらないけど・・・どうしたらなれるかも分からないし」
「カンベエから聞いたが、学校へ行くのも一つの手だぞ」
「他にも有るの?」
「誰か師範に弟子入りして、腕を磨くというのも考えられるが、しかし、腕が立つだけではサムライとは言えぬしな」
「そうなの、どうして」
今度はゴロウタも興味を引かれたらしく、話に入ってきた。ヒラザも身を乗り出して
「武芸の腕前はサムライの重要な要素だが、其れを何時・何処で・どの様に発揮するかは、また別のことだ」
「・・・さっきのシチ坊みたいに?」
「そういうことだ」
途端にゴロウタは興味を失ったように黙り込んだ。ヒラザは面白がっているようにも見えた。

「ゴロウタ 。お前にはまだ、今すぐどうしたいとか何になりたいとか、はっきりした物は無いだろう。サムライになりたいといって俺の所に来はしたが」
ゴロウタが頷く。
「お前は賢いやつだ。教わったことは直ぐ理解するし、その先を考えることも出来る。優しくて気配りも出来る。お前のそうした良い面を伸ばして生かすにはどうしたらいいか、俺はずっと考えてきた」
ヒラザはじっとゴロウタの目を見つめる。

「このままこの村に住み続けるか、生まれ故郷の村の親戚に厄介になるか、とな。しかし其れではいかにも勿体ない。どうせ誰かの厄介になるのなら―――思い切って、町に出てみないか」
「・・・・まちに・・・」
「古い友人の親戚が商売をやっている。サムライとはまるっきり違う世界を経験してみるのも、お前のためになるかと・・・」
「・・・少し考えても良い?」
「無論だ。但し、大事なことを急に決めろと言うのは酷だが、猶予は一時だ。俺たちの出立の刻限までだ」

思いがけない成り行きに、シチロウジも目を見張って聞いていた。
おいらはどうなんだ? 何か取り柄は有るのだろうか。サムライになれるのだろうか、本当になりたいのだろうか。


「さて、腹ごしらえも済んだし、準備にかかるか。ゴロウタ、お前も済んだら手伝ってくれ」
ヒラザが席を立った。
「もう済んだよ。ご馳走様。シチ坊、後でね」
慌ただしく席を立つと、ゴロウタはヒラザの後を追った。

「優しくて気配りが出来るのはヒラザも同じだな。前置きが長かった」
小屋に戻る二人の背中を見送ってカンベエが言った。
(やっと口を開いたと思ったら、言うのはゴロウタのことですか) 
シチロウジはカンベエを見た。しかし、こちらを見返すカンベエの目は、お前が話す番だと言っていた。

「・・・戦況は逼迫している様ですね」
「ほう。どうして判る」
「お二人の帰宅の様子や・・・この前、村に来た物売りに聞いたけど・・・町では兵士の募集がいつもより熱心だとか、こんな田舎でも兵隊集めが始まったとか――――――士官学校は、優秀な人が偉い人になるために行く所だと、その物売りは教えてくれました。そんな所には用はありません」

思いがけずカンベエの口元がほころんだ。
シチロウジにとっては意外なカンベエの反応だった。この前はあんな別れ方をしたし、せっかくの提案を断られて、気を悪くするかと思っていたのに。

「学校のこと、考えてはいた訳だ。その物売り、間違ってはいないが、正しくもない――――――俺に対するお前の言葉遣いが変わっているな。この数ヶ月で、お前なりに思うところがあったということだろう。自分で考えられる人間のことを優秀と言うのだ」
「でもおいらは、お偉いさんというのになりたいわけでは・・・」
「そんな表面的な風評に煩わされるな。まさか、ヒラザがゴロウタに言ったようなことを、自分にも言って欲しいと思っているわけではあるまい、シチロウジ」
最後の「シチロウジ」に少し強勢が置かれていたので、カンベエが如何に自分を高く評価してくれているかに思い至った。
しかし、学校が本当に役に立つのだろうか。


それまでより強い風が吹いて来て、洗いっぱなしだったシチロウジの髪をかき乱していった。
シチロウジは結い紐を手に取ると、きっちり縛るにはまだ十分そろっていない長さの髪をひとまとめにして、後ろで括った。まとめた髪の先端は垂らさずに、くるっと小さい輪にして。
広い額が剥き出しになり、少し目尻の下がった大きな空色の瞳を際だたせた。頬から顎に掛けての線が、春に見たときより鋭くなっていて、今まさに成長期にあることを主張していた。

「少なくとも、まずは大人にならなければ、と思ってます。一人前の大人に」
ちょっと間をおいて
「カンベエ様に、使ってみようかと思って貰えるくらいには」
―――またその話か。いい加減、忘れろ」
「カンベエ様こそ、忘れてください。おいらが勝手に考えて決めたことです。カンベエ様には関係ありません」

「良いか、シチロウジ」
言いかけて、カンベエはその先を飲み込んだ―――全く。その優秀さを他のことに向けて欲しい物だ。言い出したら聞かない頑固さは、一体誰に似たのか。
まあ、仕方がないか。こだわるのも若い者の特権だ。

「学校は・・・サムライになるのに学校に行った方が良いと思ったら、そうします」
「ならば、これを渡しておこう」
カンベエは上着の隠しから、一枚の書き付けを取り出した。
「この学校には、俺と同期で事務官をしているのが居る。秋になって入学手続きが始まる頃、お前に連絡してくることになっているから、相談すると良いだろう」

書き付けを手渡されて、シチロウジは目を丸くした。ゴロウタのこともおいらのことも、すべて予定通りという訳か。

カンベエ様から一本取ったと思っていたが、どうやら返り討ちにあったらしい。
まあ、仕方がないか。相手はカンベエ様だ。

(終)   


(2006.03.27, 29)

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