合 (二)
艦橋の司令官席とモニタの間に立って、シチロウジは内心焦れていた。
モニタには光点がいくつか映っていて、急速に遠ざかっていることを示している。
新司令官の着任後間をおかず南方の国境付近に移動した部隊が南軍の前線と接触し、新たな戦闘が開始されたのだった。
モニタの光点は先陣を切って出撃した一攻を映し、それに二攻、三攻が続く様子を表している。
その先頭にはカンベエがいるはずだ、対を成す雷電隊と共に。
旗艦はそれ以上は前進せずにわずかに高度を上げ、他の戦艦も散開して陣形を整えた。
ここから見ているだけとは。
分かってはいたが、居たたまれない気持ちになる。
肉眼で見ることが出来ない故にかろうじて此処に止まっていられる様なものだ。
モニタ上では光点が入り交じり、見分けが付かなくなってきた。何カ所かは一瞬光度を増して姿を消していく。
「前方、敵攻撃隊の後方に、艦船が接近している模様です」
更に広範囲を担当する探索係が報告した。
司令官は味方の布陣を確認して各部署に更なる命令を出す。それを具体的な指示として伝えながら、シチロウジは自分も直ぐにも飛び出して行きたい衝動に駆られていた。
シチロウジはふと右手に触るものを感じて下を見る。司令官の左手が自分の右手の甲をそっと叩いていたのだ。
モニタから推測される戦闘の様子に気をとられている内に、いつの間にか後ずさって司令官席に寄っていたらしい。副官の内心を察して宥めてくれていたのだ。シチロウジは、私情に囚われていた己を恥じて冷静さを取り戻した。
冷静になって改めてモニタを見れば、旗艦の右側面下方に反応がなさすぎる様に見える。探索波が反射されていない?
確認を命じると、間をおいて担当から応答があった。
「下方4時の方向、機影確認。数・・・7・・・9、10、12・・・16!敵機です!更に数を増しています!」
「急速上昇、回避行動をとれ!」
「味方の攻撃隊に連絡は」
「一攻から三攻には遠すぎて届きません!」
「第二中隊には至急帰還命令を出しました」
「第三中隊は応戦中です」
命令、確認、応答の声が艦橋に飛び交った。
間もなく大小の振動が数回起こり、続いて船隊の各部署からの報告が入り始めた。
「船尾第二翼、被弾。被害軽微」
「機関部、被弾免れました」
高い位置にある艦橋の窓の外を、とって返した第二中隊の数機がかすめていった。下方空域では展開した船隊も応戦している筈だ。
まだ艦橋には直接の被害は出ていないが、奇襲を受けたという事実に誰もが動揺しているのが明らかに見て取れた。
しばらくして、緊張に満ちた艦橋にモニタ担当の声が響き渡った。
「前方、帰還した第二中隊を追うように、新たに複数の機影確認。急速に接近しています」
艦橋を一瞬沈黙が支配した。第一中隊の切り込みが撃破されて、敵の接近を許したのか・・・
「待って下さい・・・・・・第一中隊の識別信号・・・確認。一攻・・・です。一攻に間違いありません! 続いて二攻、三攻も確認しました!」
同時に、カンベエの声が艦橋に響いた。
『こちら、一攻のシマダだ。待たせたな』
『カンベエ、一攻はそのまま十二時の方向を頼む。あとは俺に付いてこい』『承知』
中隊内の通信も聞こえるようになった。
一攻が戻ってきた!その一言に艦橋はわき上がった。その報は直ちに部隊全体に伝えられ、士気は急速に盛り返していった。
以前カンベエに言われた「いつまで生き延びられるか分からない」という言葉の意味を、シチロウジはこの部隊にやって来てから、毎日厭と言うほど思い知らされていた。
例え前線から離れて演習だけで時間が過ぎていても、戦端はいつ開かれるか分からない。
いつその時がきても悔いが残らないように、自分はどうすべきだろうか。自分に正直に在るべきか、それとも・・・
その思いは自分の胸にしまって艦橋を見回せば、明らかに先程とは雰囲気が異なっている。
各所から次々にもたらされる報告は、応戦の様子であれ、被弾箇所の応急処置のすすみ具合であれ、確信と自信に満ちたものになっていた。
こうも違うものか。
一攻が引き返してくると言うだけで、奇襲を受けた衝撃からかくも容易に立ち直れるものか。
これが、所謂一攻の伝説というものか。
シチロウジは思わず司令官を見た。司令官も柔らかい笑みで見返してきた。
士気を盛り返した部隊の抵抗は凄まじく、奇襲故にそれ程規模の大きくなかった南軍は、予想よりあっさりと退いていった。それに合わせるかのように、遙か前方に見えていた艦影も姿を消した。
こうして、この空域での最初の戦いは終わった。
「一攻以下、出撃隊、順次帰還します。着艦場は応急処置を終え、受け入れ準備出来ました」
艦橋に報告が入ると、司令官はシチロウジを見やった。
「敵奇襲を退けるに大いに功績のあった我らがサムライ達の出迎えに向かうとしよう。シチロウジ、儂の名代として、着艦場まで出向いてくれるかな」
「承知しました。光栄です」
敬礼するのももどかしく、司令官のお供をすべき従卒を置き去りにして、シチロウジは艦橋を飛び出していった。
今度の若い副官殿は物静かな方だというのが隊員達の評判として定着しつつあったから、喜び勇んで飛び出していった様子に、艦橋の全員が、思わず顔を見合わせた。
司令官は、やはり柔らかい笑みを浮かべて、副官とあわててその後を追う従卒を見送った。
翔ぶが如く、とはこういう事かと思いながら、シチロウジは階段も興奮に包まれる隊員達の集団も巧みに飛び越える様にして、ひたすら着艦場を目指した。
帰還した彼らを、カンベエ様を、何と言って迎えようか。
着艦場の入り口に着いて漸く歩調を弛めた。上着の裾を引っ張って一つ息をつくと、着艦場への通路に歩みを進める。
中には既に相当の人垣が出来ていた。着艦場配置の隊員は無論のこと、工作部からの修復班、近くの翼(よく)に配置されているのでは無いはずの者達も―――
副指令官の姿を認めて自然に道が出来、それにつれて歓迎の隊列が整えられていった。
まず第三中隊の攻撃機が着艦し、その後に第二、第一中隊の面々が、降りやすい順番で降りやすい場所に、思い思いに進入してきた―――シチロウジの目には一見バラバラに見えたがどうやら秩序があるらしく、まず負傷者が降り立ち、三攻、二攻、一攻と続いていた。
いつからか、パン・パン・パンと少しゆっくりの拍手がおこっていた―――味方に戦死者の出なかった戦闘の時にこの部隊で打ち鳴らされるのだと聞いたことがあった。
拍手は三攻が進入してきたときに歓声と共に急に大きくなり、一攻の到着時には着艦場全体を揺るがすほどになっていた。
サムライ達が、そこに居た。生身であるか機械であるかにかかわらず。
シチロウジにとってのサムライもまた、戻ってきた。雷電の肩に乗って、悠然と。
割れんばかりの拍手と歓声に包まれて皆と同様に頬を紅潮させながら、シチロウジは司令官代理として、まず第三中隊長と、続いて第二中隊長と、そして第一中隊長ヒラザと握手した。
三攻の隊長とも、二攻の隊長とも。
しかし、最後に一攻隊長のカンベエを前にして、シチロウジは動けなくなってしまった。手を差し出せばそのままその首にかじり付いてしまいそうな気がしたのだ。
それ故、かわりに敬礼をした。例によって唇をキッと引き結んで。
その真意はカンベエに伝わった。カンベエも敬礼を返した、穏やかな表情で。
それをみて、その場の隊員達は更に喜びを爆発させた。
シチロウジの敬礼は、最高の歓迎の挨拶と受け取られたのだ。
その後の数時間は、周辺への警戒を続けつつも、部隊のそこ此処で思い思いにささやかな祝勝会が開かれていた。
前線に沿って移動しながら戦闘を繰り返す今のような状況下では、、例え小規模な物でも、一つ一つの勝負に祝いなど考えられない事だったが、今回だけは特別だった。
一攻の思いがけない素早い帰還による勝利と「副官殿の最高の歓迎の挨拶」に酔って高揚する隊員達の感情のはけ口が必要だろうと司令官が判断したお陰だったのだ。
戦闘態勢は解かれていなかったから酒類は禁止だったが、それでも十分に彼らは盛り上がっていた。
その中での隊員達の関心は、何故一攻は通信の届かないような遠距離にあって、本隊の危機を察して引き返してくることが出来たのかという謎と、もう一つは、薄紅の差した頬をキリッと引き締めて敬礼する副官殿とそれに返礼する我らが切り込み隊長との取り合わせがまるで一幅の絵のようだった、という点に集中していた。
「謎」に対して、当のカンベエの答えはあっさりした物だった。
「なに。以前に自分がとった戦術ではないか、と気づいただけだ。もう一つ手前の段階で気づいておれば、あれ程深追いせずに済んだはずだ。その点、敵に付け入る隙を与えることになってしまい、被害が出たのは俺の落ち度だ」
同様な戦術で、かつての戦闘では確かに味方に勝利をもたらしてはいたが、自分に仕掛けられた時に素早く気づくことが出来たのはさすが一攻隊長だと、その点でまた周りは盛り上がった。
もう一人の主役であるシチロウジは、終始堅い表情を崩さなかった。
通りすがりの誰彼に声をかけられたときにはトレードマークの柔らかい笑みを返したが、勝利に酔うというより自分の不甲斐なさを責めずにはいられなかったのだ。
サムライ達を出迎えた後直ちに司令官の元に戻り、直ぐさま自分を更迭してほしいと頼んだ。
「戦闘のさなかに、立場をわきまえずあのように我を忘れるなど・・・」
「何も咎めることはないぞ。第一、モニタ上の異常に気づくのが遅れたら、被害はあんな物では済まなかったであろう。あれはそなたの手柄だ」
「・・・・・・」
「シマダと戦さ場に出たいか」
「・・・・・・はい。どうしてそれを今」
「伊達に年をとってはおらぬのでな」
そこで司令官は一息置いた。
「程なく儂は退官だ。その後この部隊がどういう後任を迎えるかは分からぬが・・・」
話の続きは、カンベエ達第一中隊が集まっている、雷電も入ることの出来るほど天井の高い「会議室」で行われた。
何年か前、まだ地上部隊の一角を占めていた頃の格納庫を改装した物だから、装飾もなく梁も剥き出しだが、此処を控え室としても利用する雷電達は、別段気に止めていないようだった。
「探索波を乱反射させたのが干渉しあって、偶然吸収されたのと同じような現象を起こしたのだろう」
「距離が少し違っていれば、自然な反射波に見えたかも知れんな」
などとカンベエ達が先程のモニタ上の現象について話し合っているところへ司令官と副官がやって来る形になった。
「そのまま、楽にしていてくれ」
司令官はくつろいだ格好の隊員達に言葉をかけると、彼らと同じように、中空に張り出したバルコニーに席を取った。
「相談したいことがあってな。邪魔をする」
「指令、副官殿が何か」
ゆったりと首を巡らす司令官の様子に、ヒラザが問いかけた。
シチロウジは何事もなかったような顔をして側に控えていたが、子供時代を知るカンベエやヒラザには、この会議室に来るまでに二人の間で何らかのやりとりがあったことは明白だった。
(どうやら拗ねているらしいが)
カンベエはそう推し量りながら、自分以外の者にそんな感情をぶつけているらしいことに内心穏やかではなかった。
「若い者は性急に過ぎる。儂の副官は、先程の戦闘での失態に責任を取りたいと言い張ってきかんのだよ」
「何かそれらしいことがあったとは思えませんが」
「それは誰もが認めることだ。この老体の引退まで待てと言っておるのだがな」
「何かお考えがおありですか」
「この第一中隊から次期司令官を出せたらと思っておる」
一同は驚きを隠せず、ざわついた。
「もう少し上層部が頼りになれば良いのだがな。仕方あるまい。連中は飾りも同然だ。最近の戦況についての認識も甘い。いっそ、お主ら先陣を切る者達の中から指導層を作り上げたいと考えておるのだ」
「ならば」とヒラザは威儀を正した。
「その役目、なにとぞシマダカンベエに賜りたく。本人は陣内に下がるのを嫌って中隊長の役すら辞退し続けております。本来なら、先日までの司令官臨時代理も、仰せつかってしかるべき人物です」
「ちょっと待て。ヒラザ、お主の方こそ適任だ」
友の言葉を遮るカンベエとその友の両方を、司令官は満足そうに見やった。
「心得ておる。しかし、具体的に話を進めるのはまだ先のことだ。とりあえず、お主達の意見を聞いて、儂の考えも承知しておいて貰おうと思ってな」
それから司令官は、さてと言って立ち上がった。
「指令、今のは私一人の意見ではありません」
「うむ。儂は艦橋に戻って、次に備えることにしよう。シチロウジ、お主はもうしばらく此処に残って打ち合わせでもしていてくれ」
「は?―――承知しました(もう暫く残っていても良いと言うことかな)」
当然のように敬礼を省くと、司令官は外に待たせてあった従卒を連れて立ち去った。
一同はひとしきり新しい人事について話し合った。
一人渋い顔をして顎髭をいじっているカンベエを見ていたシチロウジは、右手の甲に見慣れない物を見つけて思わず身を乗り出した。
村にいたときは無かった物だ。この部隊に来てからは、ずっと手袋の姿しか知らなかった・・・・・・
「ああ、これか」
シチロウジの視線に気づいて、カンベエも自分の右手を見た。
「・・・七年前、部隊が大幅に移動するといったのは、高層部に配置換えになることだったのだ。そこで今の一攻の元になる連中と出会ってな。いきなり厳しい戦闘状態に突入してしまったものだから、出撃前に皆で誓いを立てたのだ」
「誓い・・・」
「サムライ魂一つ持ちて、我ら共に戦わん―――生きて再び相まみえん、とな。これは今も、第一中隊に引き継がれておる」
そういうとカンベエは右の拳を静かに突き出した。それに呼応して、他の隊員達も誓いを口にしつつ拳を突き出した。
「先程のあの拍手はな」とヒラザがシチロウジを見て話し始めた。
「その一攻が六人とも生還したので、誰からともなく、思わず始めたことなのだ。そして出撃前の約束通り、六人を表す花びらの入れ墨を彫ったというわけだ」
「その六人は今でも?」
「いや。この七年の間に二人失ってしまった。一人は別の空域に移った。故に今此処に残っているのは、あいつと(とカンベエを指し)あいつと(とカンベエを肩に乗せて凱旋した雷電を指し)こいつだけだ(と自分を指した)」
「・・・・・・そうでしたか」
シチロウジは、自分の右手に見入るカンベエに再び視線を移した。
思いがけない打ち明け話を聞かされたような気がしていた。
自分とは関係のないところで、カンベエ様の世界は回っているのだ。
自分のこの七年も同じようなものだが、少なくともカンベエ様という目標があった。
この方の世界で、自分はどんな位置に置かれているのだろう。そもそも居場所などあるのだろうか。
考え込んでいるシチロウジに、六花の雷電が声をかけた。
「副官殿、我らと共に戦さ場に立ちたくはないかな」
図星を指されて、シチロウジは思わず赤面した。
「ほお。紅の差したお顔が素晴らしい。必ずや、戦さ場の華と呼ばれましょうぞ。なあ、ご一同」
これに同調して、一同から口々にからかいの言葉が投げかけられた。
司令官と言い、この隊員達と言い、年長者に気持ちを見透かされて、シチロウジは何とか抵抗してやらねばと、生来の茶目っ気が顔を出した。
思いきりふくれっ面をして言い放つ。
「大人なんて、大嫌いだ」
これには一同どっと沸いた。
(終)
(2006.04.14, 05.01)