合 (一)



「おい、カンベエ」

朝一番の点検のために一攻の仲間達と格納庫へ向かう途中、カンベエはヒラザに呼び止められた。
そこは司令官室の前で、この数日あるじ不在の状態にあり、ヒラザが臨時の代理を務めていたのだった。
「お役目ご苦労」
と冗談めかして返事をしたが、ヒラザの含みのある表情を認め、隊員達を先にやって自分は彼の後について司令官室に入った。部屋の中央には軍議用のテーブルが置かれていた。
席のひとつに着いたヒラザがもう一つを勧める。

「今朝方、速報で届いたばかりの、後任の司令官決定の連絡だ」
書類の束をこちらへ押してよこす。
「次の頭が早速決まるのは結構だが・・・ほお、オオガヤ殿か。仕事はし易そうだが、そろそろ退役のご老体が、何故最前線に―――
「穏やかな方だ、貧乏くじを引いたというところだろう。今時、苦戦の続く方面に好き好んでやって来るお偉いさんは、そう居らぬだろうからな」
「急ぎの穴埋め人事にしても、無責任な事だ。戦略も何もあったものではないな―――
(東方(ひがしがた)敗走遠からじと、南北両陣営では噂しておろう)
(滅多なことを、カンベエ・・・・・・)

ニヤリと視線を交わした後、ひそめた声を戻して
「しかも、副官つきだ。こちらはなんと言うべきか・・・」
「副官は、ヒラザ、てっきりお主が引き続きなるものと思って・・・」
ヒラザが一つ溜息をつく間、カンベエは息を止めて、資料に見入った。

「・・・シチロウジ?・・・あいつか?」
「いかにも。お主のシチロウジだな」
「どういう意味だ」
「そう言う意味だ。それにしても、たいした出世ではないか。全く連絡してこないと言っていたが」
「ああ、何も。結局、便り一本寄越さず仕舞いだ」
「お主の予想通り、怒ったか」
「恐らくな。立派なサムライになるつもりが、ただの士官学校だと分かってヘソを曲げたのであろう」
「ただの、は無かろう。戦況が逼迫しつつあるなかで教育に以前ほど手間暇かけられないとはいえ、あそこはそう簡単には――――――そういえば、すっかり忘れておったが、お主の課程進級が一年早くて同期になって以来、お主とはこうして腐れ縁だな」

「・・・・・・そんなことより、ヒラザ。部隊の連中が、自分達よりかなり若い副官をどう見るかだ。司令官代理殿、采配を宜しく頼むぞ」
「着任は明後日だ。さて、成るようにしかなるまい。此処は最前線の最前線。何が優先事項か、皆分かっておる」

カンベエは立ち上がって、窓に引かれた被いを片方に寄せた。
小さな窓の外、眼下には地平線が大きく弧を描いて、迎えたばかりの夜明けに山脈が長い影を曳いている。その影の中には、最近の戦闘で破壊された地域がいくつもある。
カンベエは、これから始まる様々な地上の営みを思った。

地上(あそこ)へ置いてきたと思ったが、この、高度十空里の高みにやって来るという。
(学校に放り込んで以来七年になるのか・・・・・・)
別れ際の、シチロウジのキッと引き結んだ口元を思い出した。言いたいことが山ほどある時の、それでも結局何も言わないことにしたときの、お決まりの表情だった。

戦火に追われて逃げまどう子供時代を送ったシチロウジに士官学校を薦めるのは、正直言って気が引けた。
自分を苦況に陥れることになった戦争の只中にその身を置くという矛盾を、あいつはどう解釈するだろうか。
しかしあの時点では、それが最善の選択だった、と思う。
ゴロウタを商家に預けたように、シチロウジの聡明さと筋の良さは、特定の可能性を指し示していたのだから。

士官学校ではどうだったかとか、飛び級でさっさと卒業して、新任下士官の研修として何故か前線ではなく中央の戦略方面の部隊に配属になったこと程度は、教官をしている同期から折に触れて知らせてもらっていたが、その後どういう経歴を経たのか、この若さで、小規模の部隊とはいえ、副指令官だ。

ヒラザも窓際にやって来て、視線を窓の外に向けた。
朋友の心中を推し量りながらも、カンベエは職務に戻ることにした。
「小競り合い程度はあるかも知れぬ。護衛が付くとも出迎えを求めるとも、連絡には何も記してなかったが」
「ああ。一応三攻を待機させようとは考えているが、場合によっては、カンベエ、お主ら一攻に出て貰う事態になるやも知れぬな」





二日後の昼近く、新任の司令官とその副官を出迎えるため、旗艦乗組員の部署代表と付属艦の代表が旗艦の着艦場に整列していた。

連絡艇は、護衛を一機従えただけで東の地平線の向こうから姿を現し、高空域で円形に周回する部隊の動きに合わせて大きな螺旋を描きながら上昇してきた。三攻の攻撃機数機が出動して護衛を引き継ぎ、連絡艇が無事着艦すると、当座の責任者として、ヒラザは内心胸を撫で下ろした。

連絡艇からは二人の人物が降り立った。穏やかな笑みをたたえてゆったりと歩む初老の司令官と、その二歩後ろを、動きはキビキビしていながら歩調は上官に合わせて付き従う副官。
この二人の静けさとは対照的に、出迎えの一団に微かなざわめきが起こっていた。

書類を見て感じた以上に奇妙な取り合わせだと、カンベエもヒラザも思っていた。
前線で指揮を執っていれば、これからが戦争終盤に向けての一つの重要な局面になるというのは明らかだ。
その局面に、よりによって老人と青二才を寄越すとは、と中枢部に噛みつきたいのが出迎える二人の偽らざる心境だった。


カンベエはさらにまた別の感慨も覚えていた。
(思っていた以上に大人びるものだ・・・・・・)
シチロウジが少年から青年へと成長する大きな節目を見逃した事に今更ながら気がついて、少なからず残念に思っていたのだった。
子供時代の面影を残した顔立ちと金色の絹糸の様な髪を後ろに撫でつけて結んだ髪型が、落ち着いた表情に凛々しさと華やぎを添えて、集まった人々の視線を引きつけていた。

(おい、切れ者とは聞いていたが・・・)(若い奴らが騒ぎそうだな)
(連絡艇からは他に誰も降りて来ないぞ)(ってことは、操縦は副官殿が・・・)(その副官殿だが・・・・・)
―――しっ)


ヒラザが一歩進み出ると、静寂が戻った。

「司令官臨時代理を相務めました、第一中隊長アカイヒラザであります。遠路お疲れでありましょう。皆を代表しまして、歓迎の御挨拶を申し上げます」
敬礼を返すと司令官は
「うむ。この度は急な交代で、皆にも迷惑を掛けたであろうな。折良く戦闘と戦闘の合間とはいえ、今日は業務を止めさせて申し訳なかった」
「恐れ入ります」

「こちらは、この度儂と同道することになった、シチロウジだ」
「お久しぶりです」
敬礼するヒラザにシチロウジが手を差し出した。ヒラザはちょっと躊躇ったが、敬礼を解いてその手を握りかえした。先程とは異なる波紋が広がった。

「ご一緒出来ることになり、光栄です。こちらの部隊の武勇伝は、所謂一攻、二攻についてに止まらず、全軍に鳴り響いております」
柔らかな微笑みと共に、シチロウジはヒラザを見、次いで一同を見渡した。
そこここで、息を呑む気配がする。
中々どうして。大抵の心は掴んだな、と感心しつつヒラザは、「こちらこそ光栄です、副官殿」と応じた。

「そろそろ昼食時ではないかな。諸君、出迎え感謝する。我らに構わず、解散してくれて結構だ」
「指令。本日の昼食は、小隊長の方々とご一緒させていただいて宜しいでしょうか」
「ああ、それが良いだろう。程なく次の戦闘が始まる。部隊の面々と出来るだけ早く意を通じておくにこしたことはあるまいな。儂の方は、午後の軍議であらためて皆と詰める事にしよう」
僅かに首を傾けて許可を求める副官に、指令は優しく応じた。
「有難うございます」

「各小隊長はこの場に残れ。一同、敬礼。解散!」
ヒラザの合図で、部隊は思い思いに散っていった。

「では副官殿、食堂へご案内しましょう」
老司令官が担当の事務官の案内で部隊の上層部と共に司令官室に向かうのを見送ると、ヒラザがシチロウジに声をかけた。

着艦場に降り立ってから小隊長達と歩き始めるまで、シチロウジは、ヒラザのすぐ傍らにいたカンベエには一瞥もくれなかった。
他の小隊長達の後を少し遅れて歩き始めたカンベエは、シチロウジの後ろ姿を眺めながら、最後に会ったときの情景を思い出していた。
(相変わらずだな。さてさて、一体何を考えているのやら)



この方面の最前線、つまり高層部にあっては空気や気圧が普通にある空間は限られており、従って、昼時の食堂はひどく混雑していた。

兵卒士官の区別無く利用しますので、と誰かがその窮屈さを詫びれば、いえいえ、空中戦に参戦する機会を持つのは長年の希望でしたとか、今日の午後は雷電隊との合同演習が有りますよ、ところで副官殿はこれまでどういった方面に、等々言い合いながら、一同は奥のテーブルに腰を落ち着けた。
この十人ほどの集団の周りには、それぞれのテーブルの座席数以上の隊員達が陣取って、喧噪の中にもそれとなく聞き耳を立てているようだった。

料理が行き渡ったところで、ヒラザが切り出した。
「先ほどは副官殿は俺だけに挨拶されたが、実はカンベエとも知り合いなのだ」
意外な紹介に驚きを隠さない一同の視線を浴びて、カンベエは友のお節介に内心舌打ちして、次いで少々礼も言った。にこやかな表情を崩さないシチロウジも、実は同じ思いであるのが、ちらっと目の端に浮かんだ色合いで、カンベエにもヒラザにも分かった。

「子供の頃しばらく身を寄せていたのが、お二人の居られた村でした。刀や弓・・・・・・・・・サムライの真似事遊びに、随分と付き合っていただきました」
「武芸の腕は中々のもので、将来が楽しみでしたぞ」
ヒラザが気を利かせて、カンベエの代わりに言葉を継いだ。

「あの、失礼ですが・・・副官殿は、難関の士官学校を飛び級で卒業されて、それはもう優秀でいらっしゃったと伺いましたが」
近くの席にいた若い兵士が、声をかけてきた。
「そんなことはありません。ただの噂ですよ」

「失礼を、副官殿。中央の部隊では若い奴らが話に割り込むことは許されぬでしょうが、此処のような辺地におりますと、上下の区別があまり厳密では無くなりますので」
作法に従い、念のためヒラザが庇って言い訳をする。
「構いませんとも。私の方こそ此処の殆どの方より年下です。役割はそれとして、垣根無く接して頂いて、色々教えて頂きたいとも思っておりますから」

その返事を待っていたかのように、遠巻きにしていた連中まで寄ってきて、口々に話しかけ始めた。その一つ一つに若い副官殿は丁寧に言葉を返す。
話の輪から外れ、何となく解放されたような気分で、カンベエはその様子を見守っていた。

シチロウジの視線が、一同の間を行きつ戻りつしながら、時折ほんの一瞬カンベエのそれを捉える。
そのときの話の内容に見合った表情をしているから、内心を窺うことは出来ない。
この様な穏やかさとそつのなさは、どこで身につけたのだろう。

シモツキ村に来たあの日は中々こちらを見ようとしなかった空色の瞳。
あれから幾つの季節が過ぎていったのだろうか。
春の空の色を映す青い瞳は、初めて会ったときとも、最後に別れたときとも、少しも変わっていないように見えた。



「しかし、すっかり見違えたぞ。なあ、カンベエ」
こらえきれないように、ヒラザが笑いを漏らす。
「からかわないでください、ヒラザのあに様。お二人を前にして、どんなに決まり悪かったかお分かりでしょう」
子供の頃の言葉遣いを持ち出して、シチロウジも笑いながら応じる。
三人は、昼食後、副官に割り当てられた小部屋に来ていた。

「それにしてもシチロウジ、何故またこの部隊に」
久々にその名で呼びかける人物を前にして、カンベエは曰く言い難しとはこの事かと思う。
シチロウジも、自分の名を呼ぶ懐かしい声に胸の詰まる想いがして、思いがけないことと、内心慌てていた。
いっそ、無関係なものとしてやり過ごそうかとさえ、ここへ来る途次、考えていたのに。

「実は、オオガヤ殿が誘って下さったのです。初めて声をかけて頂いたのは卒業後すぐの配属先で・・・」
「オオガヤ殿も槍使いであったな。中肉中背ではあるが、かなりの使い手だったとか」
「はい。その後も何度かお会いする機会があり、そのとき私が前線行きの希望を漏らしたのを覚えていて、今回の指揮官就任の話があったとき、私を推薦して下さったというわけです」

「ところで、お主ら二人が知り合いだと言うことは、此処の連中に隠しておいた方が良かったかな」
「いいえ。かえってすっきりしました。ヒラザ様のお心遣いには、感謝しています」
「全てを話す必要はないが、これから先、初対面ではやりにくい事もあるだろうと思うてな」
「それではまるで、隠し事でもあるような言い方だな、ヒラザ」
「何を突っかかってる。他意は無いぞ」
「分かっておる」

二人のやりとりを、シチロウジはじっと見ていた。
以前とちっとも変わっておられない。
私もですよ、結局の所。
カンベエ様。
やはりお伝えしようか、新たな誓いを立てたことを。
そして今度も、余計なことは考えるなと仰るだろうか、あの時のように・・・





シチロウジの異動は、事情通の間では、将来を嘱望される若き下士官の武者修行であるとも、その実、戦争が長引くにつれて次第に不利な状況に追い込まれていく東方(ひがしがた)の中での小さいパイの奪い合いから若い者が弾き出され、ていよく追い払われたのであるとも噂されていた。

シチロウジ本人は、噂の後半部分を好んで広めようとしている節があった。
栄転の装いをした左遷―――結構。
このままどこへも行かずに済むならば。

この部隊の一攻および二攻、すなわち、第一中隊第一攻撃小隊および第二攻撃小隊―――
どこの部隊にも存在するその呼称は、今や固有名詞とも言うべき物となっていた。
その勇猛さと数々の武勲。栄光、誇り、そして、敗走と痛み。

いつか必ず、自分はその一攻の切り込み隊長と常に行動を共にするのだ。

士官学校で鬱々と時間つぶしをやらされていたときから、すでに目標としていたことだ。
他所へ配属されて、その思いは更に確たるものとなっていた。

自分の居場所は他にはあり得ない。

憧れの場所。憧れの人。

(終)   


(2006.04.06, 04.30)

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