***** まりね様 お誕生日お祝い *****
灯船(Link)にてご紹介している「まりねさんちの裏庭」様主催まりね様のお誕生日をお祝いしようという企画に参加させていただきました。
(ここに掲載するに当たっては、語句の追加や削除等を数カ所で行いました)
灯り屋初のシチヘイ物語です。「自己紹介以上、友達未満」なシチヘイが互いを知り合うきっかけは・・・・・・
つがえぬ矢
いつの間にか空が高く感じられるようになっていた。
澄んだ青い空に、雲が薄く刷毛で塗ったように浮かんでいる。
動き回ってうっすらとにじんだ汗を、乾いた秋の風が運び去っていった。
シチロージは手にした配置図から顔を上げた。陽はまだ高く、額に手をかざして空と同じ色の目を細めた。
「空はすっかり秋景色か」
独りごち、小さく溜め息をつく。
「・・・さて、ヘイハチ殿の方の首尾はどうだろうか。ちょっと行って覗いてくるか」
野伏せりとの決戦に備えて、あの空に向かって撃ち出せる地対空の武器の製作を、とヘイハチに依頼してから数刻が経っていた。
「多分、ご依頼の物は出来るでしょう。先ずざっと図面を引いてみて、それからもう一度材料の物色に来ます」
鎮守の森の奥深くにぽっかりと開けた場所で墜落した船体や砲台の残骸などを見せたとき、しばらくあちらこちらを覗いてからヘイハチはそう答えた。
今頃は、その物色を再開しているに違いない。
自分の持ち場が一段落したところだったので、シチロージはヘイハチの進み具合を見に行くことにしたのだ。
開墾され手入れの行き届いたカンナ村の内部とは違い、森は「鎮守様」の社へ真っ直ぐ続く細い小道のみ辛うじて認めているとでも言いたげに、何処までも深く、大小の樹木が重なるように茂っている。
幾らも踏み込まないうちに陽射しが遮られ、辺りが薄暗くなって気温も下がるほどだ。
小道を途中でそれると、くだんの残骸のある広場に至る―――広場といっても、墜落した船体が木々をなぎ倒したあとにまだ若木がそれ程育っていないという意味だが。
ここも、遠からず他の部分と同じく、森に溶け込んでしまうだろう。
シチロージの予想通りヘイハチは既に来ていて、残骸の間に決して大きくはない体が見え隠れしていた。刀の柄の先に繋いだてるてる坊主が頭の動きに合わせてフラフラと上下している。
「ヘイハチ殿」
声をかけながら近づくと、横倒しになった砲台と地面との隙間から返事があった。
「ここですよ」
シチロージもつられて、こちら側の地面に両手と膝を着くと、顔を横向きにして覗き込んだ。
「下になってる側面には、砲台固定用の鋼索の取り付け金具があるんですよ。無傷なら側板ごと剥がして利用できないかと思いましてね」
「なるほど。で、どうでしたか」
「・・・・・・」台の下の隙間から、ヘイハチがじっとこちらを見ている。
「どうしました、ヘイハチ殿」と、シチロージも顔を横に向けたまま覗き返す。
「そんな格好したら、髪が汚れますよ。ほら、髷が一本、地面に落書きをしている」
「えっ?」
ヘイハチの言葉の意味が分からずシチロージが顔を上げると、ヘイハチも体を起こして砲台の上に顔を覗かせ、いつもの笑みに戻った。
「空で過ごした時間が長い方には、地面との距離感が無いようですね」
「意味が・・・分からなくもないですが。でも、ついこの間までは地の底におりましたよ」
冗談とも真面目とも取れるヘイハチの言葉に、シチロージはどう応じたものか判断がつきかねた。
立ち上がってズボンに付いた土や枯れ葉をパンパンとはたいた後、ヘイハチは上空を見上げた。
シチロージがその視線の先を辿ると、広場を囲む木々の梢が、青い空を丸く切り取っていた。
「地対空の武器の調達を頼まれたときに、あなたやカンベエ殿はまこと空を駆けるサムライなのだと痛感したのですよ」
「・・・・・・」
「攻めてくる野伏せりの目でこの村の守りを検討したでしょう」、
「・・・ご賢察。実を言えば、斬艦刀に乗って上空を哨戒したつもりで、村の地勢の長所や弱点は何処だろうと考えましてね」
「やっぱりね」
ひょいと砲台を乗り越えると、ヘイハチは森の一角を示した。
「ありますよ、斬艦刀」
ヘイハチは相手の返事を待たずに、先に立って歩き始めた。シチロージは見えない何かに引き寄せられるように、ヘイハチに続いて無言で木々の間に足を踏み入れた。
特に大木が多く茂る中に、斬艦刀は在った。
関節部分を伸ばした状態で刃先を下にして、まるで大木の一本のように地面に突き刺さっている。頂上部にあたる操縦席の風防は、枠がひしゃげて僅かに残っているのが見えた。
「これはもう、ブンとも言いませんがね」
軽く握った拳でコンコンとつつきながら、ヘイハチが優しい声を出した。
「ヘイハチ殿、まるで斬艦刀乗りみたいな事を言うんですね」
シチロージは、傷と錆に覆われた表面に指先でそっと触れた後、てのひらでねぎらうように撫でた。
ヘイハチは、斬艦刀の周囲を一回りする。
「これの調整や整備も、工兵の仕事の一つでしたからね」
「私は・・・・・・これを装着していた雷電はどんなサムライだったかと、先ず思いました」
そう言うとシチロージは、操縦席の先にあたかも機械の体が繋がっているかのように、刃に沿って視線を上方に滑らせた。
ヘイハチは、いつもは笑っているように細められている目を軽く見開いて二、三度瞬いてから
「飛ばせる斬艦刀はありませんが」と、図面を持った手で周囲の木々をぐるっと示した。
「代わりになる物なら、ここには幾らでも・・・」
シチロージもあたりの大木に視線を巡らしてから、側に寄って行って図面を覗き込む。
「・・・・・・飛びますか、こんなに巨大な矢が」
「時間も材料も道具も限られていますから、連射というわけにはいかないでしょうが・・・まあ、一点豪華主義ということで」
一瞬微笑んで緩んだヘイハチの口元が、直ぐに一文字に結ばれた。
ヘイハチが常にまとう穏やかな雰囲気が一変したことに気付いて、シチロージの心に、戦さ場に立つときの、皮膚温が下がって背中から後頭部へと肌が粟立っていく独特の緊張感が甦ってきた。
「大戦中は、飛び道具も山ほど作りました」
手にした図面に視線を落としてヘイハチが呟いた。
「自分が作った物が、ロットとしてひとまとめにされてどこかの前線へ運ばれ、知らない誰かが知らない誰かを殺傷する―――こんな事すら当時は殆ど意識していなかったことに、図面を引きながらつくづく思い至りましてね」
「・・・・・・つまり、作っておいて、自分の手では弾を込めず、と」
「若気の至りですね。品質向上の競争に目の色を変えたこともありました。人の命に対して、幾ばくかの責任を感じるという発想は全く・・・」
そう言うとヘイハチは、ゴーグルを額から引き上げて手袋で無造作に拭いた。
拭き上がりを確かめもせず額に戻すと、シチロージに真っ直ぐ顔を向ける。
「今回は・・・自分の手で、この弓に矢をつがえます」
図面をもつ手に、僅かに力が加わる。
ヘイハチの中に言うに言われぬわだかまりが在るのを感じたシチロージは、思わず自分の背中の見えない矢筒から見えない矢を取り出し、鋼の左手に持った見えない弓につがえた。
上方の、二人の視線が自然に向いた高い梢のその先に狙いをつけて、キリリと想像上の弦(つる)を絞る。
「ついに、自分の手が汚れるところを目の当たりにしますか」
「・・・・・・そう願いたいものです」
呟いたヘイハチの呼吸に自分のそれを合わせて、シチロージはさらに弦を引き絞った。
ヘイハチも、見えない鏃(やじり)の狙う彼方を見つめる。
そうやって暫く見上げていた二人の目に、ポツリポツリと落ちる物があった。それが現実(うつつ)に戻る合図ででもあったかのように、シチロージは彼方を狙っていた腕を降ろした。
「降り出さないうちに、本題に戻った方が良さそうですね」
どちらからともなくそう言うと、二人は広場に戻ってきた。
ヘイハチは再び残骸の間に潜り込む。その傍らに立って、シチロージは丸く切り取られた空を見上げた。
いつの間にか薄墨を流したような影が広がっている。
「私はもう・・・・・・」そう呟くと、シチロージは一旦自分の両手を見てから、再び空を見上げた。
「この次はもっと」と少し大きな声で言い直して、ヘイハチの方を見やる。
半分に折れた尾翼の影から顔を出して、「ええ」とヘイハチも応じた。
「この次は、もっと穏やかな物を打ち上げたいものですね」
「この次は、もっと穏やかな物を打ち上げたいものですね」
二人の口から同時に同じ言葉が飛び出し、一瞬顔を見合わせてから、どちらも声を上げて笑った。
シチロージは、出会ってから常に笑みを絶やさないヘイハチの顔に、初めて見るものを見つけた。
目尻に小じわが寄っている―――ヘイハチ殿、とうとう本当に笑いましたね。
「こちらへ来てみませんか。ちょっと面白いものを見つけましたよ」
「ヘイハチ殿、真面目にぶっ・しょ・く・して下さいよ。じきに日が暮れます」
口ではそう言いながら、ヘイハチの悪戯っぽい笑みに誘われて、シチロージも尾翼の陰を覗き込んだ。
秋の午後の風が木々の間を駆け抜けてきて、広場に出ると残骸の上でふわっと拡散した。煽られて梢がざわめき、それが次々に伝わって広場を一周する。
過去と現在とをかき回した後、風は入ってきたときとは反対の方向を目指して森に飛び込んでいった。
雨粒は、その日はそれきり落ちてはこなかった。
(終)
(2006.08.17)